僕たちが彼を好きなワケ

 海馬くんはそれはもう、とってもとってもとーっても城之内くんが大好きだ。
 負け犬から始まって、実験ネズミ、馬の骨、凡骨、城之内。どこからそれだけ飛び出してくるのか分からないマジックボックスみたいな城之内くんのあだ名。(あだ名…だよね、きっと)
 ここまで城之内くんを好き勝手呼んで、その反応を楽しんでるなんて海馬くんにしか出来ない技。
 もう一人のボクがマインドクラッシュをしちゃう前の、緑色に染めてた海馬くんは城之内くんなんて眼に入ってなかった。ううん、その存在自体が眼で見えてなかったと思う。
 今の城之内くんへの執着ほどじゃないけど、もう一人のボクしか見てなかったし。
 で、DEATH-Tから半年くらい経って海馬くんは復活した。モクバくんがさらわれたり誘拐されたり拉致されたり監禁されたりそれなんてヒロインって感じになった時、ボクを差し置いて主人公よろしくに復活したんだ。
 ボクの存在が海馬くんに圧されちゃった瞬間、もう一回マインドクラッシュしてやろうかと何度思ったことか!でも、もういいんだ。下手なことをしたら、オレをカードで殺せ!とか言い出しそうだから。
 てか、そんな殺してくださいなんて言わないでいいのに。もう一人のボクなんか、いつでも本気モードで殺ろうとしちゃう子なんだから。(恐ろしい子…!)
 まあ、そんなこんなで海馬くんに食ってかかった城之内くんにフォーリンラブ。そう、恋に落ちちゃった。
 モクバくん以上にヒロインだった城之内くんは、少女漫画展開で海馬くんの拾い集めてきた心のピース(もう一人のボク!これ恥ずかしいんだけど!)を奮い立たせちゃったんだよね。
 それからというもの、海馬くんは城之内くんが食いつくような挑発を繰り返して気を引こうとしている。
 ボクから言わせればさ、城之内くんはキングオブ鈍感だから、それじゃあ絶対に海馬くんの好意に気付かないよ。だからってもう一人のボクみたいにストレートだったらいいかって訳じゃないけど。

(でも、他人から見ればボクももう一人のボクも同一人物なんだから、TPOを考えて欲しいよ。どこでもかしこでも口説けばいいってもんじゃないでしょ!)

 杏子が好きなのに、ボクまでホモ扱いされるとすっごく心外だ。
 城之内くんは親友として大好きだけど、その想いの重さが違うんだよね。
 でも、もし城之内くんが女の子だったらちょっと考えちゃうけどさ。そんな夢より遠い妄想みたいな現実はどこにもないけど。

(でもでも、きっと城之内くんが女の子だったら、静香ちゃんみたいな可愛い子になるんだろうね)

 だけど、城之内くんはどこからどうみても男だ。ちょっと腰がくびれてるとか女の子みたいにサラサラの猫毛だとか(どーせボクは針金みたいな剛毛ですよ!)馬鹿正直で可愛いとか…とか…。
 ……そう、そうだ。城之内くんの性別はおいておいても可愛いんだ。(ボクも毒されちゃったなあ…)
 涙脆かったり、自分のテリトリーに入った人には体を張っちゃったり、笑顔が物凄く可愛かったり、たまに見せる表情が艶っぽかったり色々とあるけど、なんというか薄幸のヒロイン体質なんだ。だからか、色んな人が城之内くんの周りに集まる。
 どうしても放っておけなくって。

(それで、泥沼に嵌っちゃうんだよね。ねえ、もう一人のボク)
(……相棒、どこから返せばいいのか分からないんだが、論点が海馬のことから城之内くんの可愛さ談義になってるぜ…)

 確かに城之内くんはエジプトで一番可愛いけどな!ともう一人のボクが言う。
 全く…エジプトのものさしで何でも測るから海馬くんに三千年前の遺物とか言われるんだよ。もう一人のボクの生まれと育ちはエジプトでも、今はエジプトよりも大きい地球って規模があるんだから。
 何度言っても分かってもらえないから、もういいんだけど。(授業中はもう一人のボクは眠ってるし。変わってくれてもいいのに…)

(大きな独り言はいいけど、オレが授業を受けてもカンジとやらは読めないぜ?)
(………そうだったね。最近やっとヒラガナを覚えたんだよね)

 それも城之内くんにメールを送りたいっていう理由で。ホントに健気でしょ!
 覚えたからってボクが眠ってる間に勝手に城之内くんにメールを送ってるけど、割とどうかと思うんだよね。メールって文章の会話だけど、もう一人のボクは「じょうのうちくんきょうはかれえだった」とかいう内容なんだけど。
 律儀な城之内くんは「おれカレー好きだぜ。ママさんのカレー食いてえ」とかって返してくれるけど、城之内くんじゃなかったら絶対返してくれない。(それに、その城之内くんの携帯の出所知らないでしょ?もう一人のボクが知ったら蟲野郎!事件再来になりかねないから言わないけど)
 ま、もう一人のボクはそれで満足してるし、城之内くんも何も言わないからいいけど。もし同じことを海馬くんにしたら無視されるか、直接会って「エジプトの肥やしになれ、ミイラめ」とか言うに決まってる!

(…相棒、それってオレに対する嫌味か?)
(まさか。そんなことあるわけないじゃない!嫌味だったらもっとチクチクと言うよ!)
(あ、相棒…!つ、強くなったな…!)

 ボクも色々と強くなったからね。もう一人のボクばっかり目立ってボクの存在なんて掻き消されてても、平気でいられるくらいには!
 今なら、城之内くんを縛って羞恥プレイの末に電流プレイをした蛭谷くんを、千年パズルの角で殴ってやれるよ!…ってもう一人のボク!なに鼻血出してるの!?うわ、やめてよ!リアルじゃなって分かっててもそれは怖いよ!

(じょ、城之内くん!そんなことが…!)
(って、城之内くんレーダーのそのパズルで見つけて助けたじゃない!もう忘れたの!?)
(くっ…あの時はそれどころじゃなかった!)

 そうだよね。殴られて(でも痛いのは主にボク)ゲームして(あの頃はM&W専門はじいちゃんか海馬くんしか周りにいなかったし)雨に濡れて(でも冷たいのは…)城之内くんに真っ先に名前呼ばれて抱きつかれたり(ボクがね!)したんだっけ。
 そのちょっと後にはヨーヨープレイだっけ?アブノーマルだよねー。
 それにしても、本当に城之内くんはモクバくんよりヒロインだよね。縛られたり洗脳されたり拉致されたり暗闇が怖かったりお化けも怖かったり。杏子の存在は一体なんだったんだろうかって思うくらいに、ヒロインだった。

(杏子には申し訳ないけど、ホント城之内くんってヒロインだよね。お姫様でもいいけど)

 だから、海馬くんも城之内くんに転んじゃったのかな。(青眼はどうしたの?青眼は。海馬くんの大切な大切な青眼を差し置いても城之内くん大好きなの?もう一人のボクだって、ブラックマジシャンガールより城之内くん好きなの?)
 そんじょそこらのヒロイン程度で、海馬くんのチンボラソ山よりも高い垣根(と言う名のプライド)を越えれるとは思えないから、やっぱり城之内くんの潜在的な魅力?城之内くんの場合は垣根を越えるっていうより、迎えられたって感じだけど。
 もう一人のボクも出会った瞬間にロックオンしちゃったんだけどね。ヒマラヤよりは高いプライドを持ってるのにさ。
 でも、城之内くんは…。

(もう一人のボクか海馬くんしか選択肢が無かったら、海馬くんに落ちそうだけどね)
(な、何故なんだ!オレじゃ駄目なのか!)
(決定打は盲目的な愛じゃない?)

 オレの方が愛してるぜ!と暑苦しく騒ぐけど、言葉じゃなくてさ。行動。
 言葉にしなきゃ伝わらないけど、海馬くんは放っておくといつか襲いそうだもん。心と体を同時に手に入れちゃいそう。凡骨め、オレに全てを差し出すがいい!ワハハハハハハ!とか言いだしそうだもん。で、流されやすい城之内くんは、絆されちゃって気付けば付き合ってそう。
 もう一人のボクには絶対出来ない技だけど。そんなことしたら、パズルを解体して土に埋めて肥料にしてやる。
 ボクの体は杏子にあげるって決めてるんだから!幾ら親友でも笑えないし!

(相棒…)
(そんな捨てられた犬みたいな目で見ないでよ。ボクが悪者みたいじゃない)

 逆境も跳ね返すエジプトの王様でしょ!

(…でも。選択肢が二択しかなかった場合、の話だけどね)

 万が一、ディープインパクトとかアルマゲドンとか宇宙戦争みたいな設定で人が死んでいって、この世界にボクと城之内くんと海馬くんしかいなくなった場合…だけど。
 そこまで追い詰めないと城之内くんは、ノーマルの道から踏み外さないと思うけど。
 今の状況で海馬くんに押し倒されたら全力で殴るとか蹴るとかしそうだよね。ヒロインとか言ったけど、城之内くんって意外と筋肉あるし喧嘩も強いし。

「遊戯?」
「え?」

 そしてボクは現実へ引き戻された。もう一人のボクと会話してると、どうしても現実を忘れちゃうんだよね。
 目の前には城之内くんと海馬くん。(今、ものすごく穏やかな顔してるよ…!)
 そういえば、海馬くんの家に遊びに来てたんだっけ。(過程は忘れたけど、気付けば誘いに乗った後だった。多分、もう一人のボクが勝手に取り付けたんだ…)
 城之内くんはふかふかのソファから身を乗り出してボクを見る。その真横には長い足を組んだ海馬くん。ポーカーフェイスだから分かり難いけど、鬱陶しそうにボクを見てるよ…。確かに、ボクは今の海馬くんにはあんまり歓迎されてないのは分かるけど、ボクじゃないでしょ。それはもう一人のボクでしょ!相手間違えないでよ…。(今日は表には出さないって約束で、パズルを持って来たんだから)

「ぼーっとしてどうしたんだよ?」
「ううん。海馬くんの家って何度見ても大きいなあって」

 前に来た時から思ってたけど、広すぎる気がしないでもないよね。あんまり深く聞くと、海馬くんは絶対に城之内くんに「犬の家は犬小屋だがな」とか言い出しそうだから、空気を読んで言わないことにした。

「そだよな。あー、でもあんま広いと掃除しにくいしなあ」
「何を言う犬。掃除なぞする必要は無い」
「はあ?ンなことしたら害虫だらけになるじゃねーか。それにオレは犬じゃねえ!」
「立派なパブロフの犬だ」

 海馬くんは嬉しそう(くどいけど、ホント無表情だから)に城之内くんと会話をしてる。喧嘩じゃないから止めないけど、もう一人のボクが歯軋りをしてて凄く煩い。
 悔しいなら見なかったらいいのに。
 ていうか、今さっきの海馬くんってさり気なく「お嫁においでよ」なプロポーズ入れてたよね!ほんっと抜け目無いんだから。
 邪魔者じゃないけど、疎外気味のボクが紅茶に手を伸ばした時、大きな扉(もう出入り口以外分からない)が開いてモクバくんが出てきた。

「城之内ィ!」

 いつからだったかなんて忘れたけど、物凄く城之内くんに懐いてる。思い出すのはバトルシティで城之内くんが死んだとき(もう一人のボクが物凄く取り乱して幻まで見えたとき)に真っ先に駆け寄ってきたんだっけモクバくん。
 海馬くんは眉毛一つ動かさず「デュエリストとして認めざるを得ない」とか言ってたのボク聞いてたよ。
 もう一人のボクは乗っ取られたマリクくんを、本気で殺そうとか不穏なことを呟いてたけど。
 それはともかく、モクバくんは階段を二段飛ばしで降りてくると、尊敬して愛する兄サマじゃなくて城之内くんの方に走っていった。

「あ!」
(あッ!)

 ボクともう一人のボクの声が重なる。

「いらっしゃい!城之内!」
「おう」

 モクバくんは座ってる城之内くんに抱きついたのだ。
 再会を喜ぶ抱擁…というよりは、甘える仕種で抱きついてる。海馬くんはそのポーカーフェイスの下にどんな表情があるかは…ちょっと読み取れない。(こんな肝心な時だけ、無表情が上手いんだから!)

(あ、ああああああ相棒!)
(ちょっと落ち着きなよ!相手は小学生だよ!?)
(モクバくらいの年齢はエジプトでは大人だ!)
(だからエジプトのものさしで測っちゃ駄目だって!)

 ここは日本だよ!ピラミッドなんて無いんだから!

「今日はオレとも遊んでくれるんだよなっ!」
「いいぜ。遊戯も海馬もいるし、何して遊ぶんだ?」
「オレ、城之内と兄サマと遊べるならなんでもいいぜぃ」
(完全に蚊帳の外ってやつ?)
(相棒!オレだって城之内くんに抱きついたことがないのに…!)

 わあわあ騒ぐもう一人のボクを押さえつけて部屋に閉じ込めた後、ボクは海馬くんを盗み見た。
 相変わらずの無表情。だけど、たまに複雑な表情でモクバくんを見たり城之内くんを見たり。これって、弟は可愛いけど嫉妬するには微妙でどうしたらいいのか分からない、ってやつかな。

(…うーん…。意外なダークホースはモクバくんかあ)

 その無邪気さを武器に海馬くんさえも出し抜くんだね。
 思わず納得。
 海馬くんはそれはもう、とってもとってもとーっても城之内くんが大好きだ。
 だけど、城之内くんを好きなのは意外と沢山いて、もう一人のボクにモクバくんに舞さんに静香ちゃん。好意だけだと杏子も本田くんも獏良くんも御伽くんも大好きだ。
 もちろん、ボクも大好き。
 つまりは、みんな城之内くんが大好きってことだよね。
 城之内くんはボクたちにとって、大切な人だってのだけは変わらない。

(でも、もう一人のボク。下手なことしたら、パズル解体するからね…!)
(…………相棒…)

 なんだか色々と言いたいらしいもう一人のボクの声を聞かず、ボクは海馬くんの家の美味しい紅茶を飲んだ。

 2007.09.04
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