「待て、凡骨」

 そう言われて待つ馬鹿はいない…はずなのに頭より体が反応して振り返ってしまう。オレをぼんこつ(明らかに悪口だと分かっけど漢字と意味が分からねえ…)だの馬の骨だの実験ネズミだの犬だのと、よくもまあ色々と勝手に呼んでくれるものだ。
 振り返ったオレは「誰がぼんこつだ」と言う前に言葉を飲み込んだ。いちいち反応しては奴の思うツボだ。(と、本田と御伽がしつこく言ってきた)
 いつもなら食い付くはずのオレがなンも反応しないせいか、一瞬だけ面白くなさそうな顔をする。しかし、すぐに鉄仮面よろしくにいつもの無表情に戻った。
 海馬にしては大人しい…。下手に高笑いされてもウザいから、敢えて何もツッこまねえけど。
 近頃のオレはちょっと学習したんだからな!(海馬の行動パターンを…。なんかっ…く、悔しい…!)

「乗れ。貴様を送っていってやろう」
「いらね」

 コンマ一秒とまではいかないけど、有り難迷惑な誘いは断る。つか、関わりたくねえ。海馬ウザいし。
 断れば何故だ凡骨ゥ!と奴は叫ぶ。
 はっきりと理由を言えば、無理矢理にでもその高級外車に押し込められるのは目に見えてる。
 こいつはそういう奴なんだ。
 言うことを聞かなければ強制的に従えるまで。そんな性格だ。どう頑張ってもオレなんかが太刀打ち出来るわけねえし。あ、それは性格に対してだかんな!決闘にはぜってぇ負けねえ!
 …話がズレたけど、そんな海馬にはオレは関わりたくなかった。

「人と約束してっから」
「それは貴様のお友達とやらか」
「違う、妹」

 だから退けよ。
 人気の少なくなった放課後の正門前だったとしても、外車が停まってりゃ邪魔だし。しかも、人の進行方向に奴がいるせいで通れない。
 こうまでしてオレの邪魔をして楽しいんだろうか。
 いつも突っ掛かるのはオレだけど、今日はスルーしてんじゃん。だからさ、今日くらいはお前もさスルーしてくれたらいいのに。

「………本当か?」
「なんで嘘つかなきゃいけねえんだよ」

 全く以て誤魔化す必要性が見当たらない。大体、海馬に嘘ついてなンの得があんのかオレわからねー。
 あるとしたら、止むを得ない事情でその場からお引取り願いたい時だ。って今か、それ。
 弁当箱とカードしか入ってねえ薄っぺらい鞄を抱えなおして、オレは思わず舌打ちをしてしまう。海馬のこの妙な視線とウザさで一発殴ってやりてえ気分になってきた。
 喧嘩っ早いオレがここまで我慢してるなんてすげーんだからな!
 頭一個分(オレと海馬って八センチ差らしーんだけど、絶対ぇ嘘だろ!二メートルくれぇあんじゃねえの?)でけえ海馬を見上げつつ、ガンを飛ばしてみる。大概、これで逃げてく奴らが多いけど、流石海馬というか…全然怯みもしねえ。

「くっ…!貴様…!馬の骨の分際で色目を使うとは!」
「ハァ?イロメ?」

 イロメってなんだ。ガンを飛ばすってイロメっていうのか?海馬語録か?

「こんな場所でそんな顔をするな!オレ以外に見せるな!」
「い、意味分かんねー!分かんねーって!つか、来ンなよ!」

 ジリジリとオレとの距離を詰めてくる海馬が気持ち悪い。しかも、なんか目がイっちゃってるし、両手がオレの肩を掴もうとしてる…!
 物凄く怖い!緑頭だった頃の海馬と同じ顔になってる!遊戯への恨みのために何億と投入したビルを建てた頃のイっちゃった海馬に戻ってる!

「凡骨…!なぜ逃げる!」
「なっなんでもクソもねーよ!てめぇキモいしウゼェ!」
「……なっ!?」

 そこで海馬はネジが切れた人形みたいにピタリと止まった。…これはこれでキモい…。
 なんというか動作がキモい。言ってしまえば極端ってーの?ピタリと全ての動作が止まるんだぜ?…やっぱ海馬ってメカなのか?(獏良が冗談っぽく「海馬くんってロボットなんだよ」とか言ってたけど、実は本当にロボットなのかもしれない。体にオイルでも流れてんぜ、きっと)
 とりあえず、邪魔だった海馬の電池が切れたのがチャンス。今が絶好のチャンスだよな!
 後ろで磯野(SPって決闘の審判も飛行船の操縦もしなきゃなんねーのか…?)が瀬人様!とかって叫んでる隙にオレは海馬の横をすり抜ける。
 自慢じゃねーけど足の速さには自信がある。車じゃ追ってこれねえ路地に入り込んで、とっとと撒いてしまいたい。
 少し車から離れると磯野に電池交換されてしまったらしい海馬が振り返って「この犬が!」とか叫んだ。
 ひぃ!ものすっげ怖ぇえ!
 だ、だけど今日は静香と一ヶ月振りに会うんだ!こんなとこで静香と会う時間を減らしてたまるか!
 オレはとにかく走った!海馬が後ろから競歩で近付いてくるのは分かってたけど、振り返りたくなかった。だって、オレは全力疾走なのに海馬は競歩だぜ!?ホラーじゃねえか!

「城之内くん!」

 ドン☆とオレの前にどこから現れたのか遊戯が立っていた。…遊戯の突然は本当に突然だからなあ。今更、驚きゃしねーけど。

「遊戯!」
「オレが来たからには、もう大丈夫だぜ!」

 さあ!と言いながら、オレの手を握って遊戯の背中に庇われた。
 オレ、遊戯たち程じゃねえけど、わりと引きのよさってあるよな!手札事故なんかも起きたことあったけどよ、こういうときの引きのよさはすげー実感する。

「キミには指一本ふれさせない!」
「マジで!?サンキュ遊戯!この恩は近いうちに返すぜ!」
「えっ!?」

 遊戯はどうやら海馬を足止めしてくれるっぽい。持つべきものは親友だな!

「じゃ、また明日なー!」
「城之内くん!?」

 振り返れば手を上げてくれてたから、オレも振り返しておく。あんなに振ってくれるなんてよ、あっちの遊戯にしちゃ珍しいよな。
 遊戯に似てきたのかな。
 …ま、いっか。オレは静香との約束あるし急がねーと。
 海馬は遊戯に任せておいて、オレは静香との約束の場所へと向かったのだった。

日常の中の非日常。

 次の日、パズルの中に引きこもった遊戯や明らかに不機嫌な海馬を宥めるオレなんて、この時は想像が付かなかった。くそっ、なんでオレが海馬まで宥めてやんねーといけねーんだ!

 2007.09.10
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海馬の競歩はクロッ●タワーのシザーマン辺りでも想像していただければ。