これはオレだけが知ってる話だ。
城之内がチョコレート病ってやつ。どっかの本のタイトルじゃなく、あいつが適当に名付けた病名。チョコレート病ってのが、冗談っぽく聞こえるけど本当なんだから仕方がない。
症状はチョコレート以外、全く味を感じないっていう特殊な病気。
これはアイツから黙ってろって言われてっから、誰にも言ってない。(言おうが言わまいが見た目じゃ気付かねーよ)
例え、目の前でチョコレートをばりばり食ってたって、それが病気だなんて誰も思わないだろ。
よっぽどの好き者か甘党にしか見えない。
だけど、それを知ってて見てるこっちは病的で気持ち悪い…。板チョコから始まって、最新のチョコ菓子にまで幅広く椅子の上に転がってる。
「なあ、美味いか?」
「おう!本田も食うか?」
「いや…いらねえ」
幾度となく繰り返したやり取り。オレも飽きずに毎日尋ねれば、城之内も飽きずに勧めてくる。
オレは甘いもん苦手だし、いつも断りをいれる。たまには付き合ってやるべきなのか…?
手持ち無沙汰で弄っていたチョコ菓子の小袋を開けて、城之内に差し出す。わりぃなぁとか言って、それを口に放り込んだ。
本当に、こいつはとにかくチョコレートだけを食べる。
稼いだバイト代は借金と父親の食費、そしてチョコレート代とたまの交際費に消えてゆく。たぶん、チョコレート代が一番嵩張ってるだろうが、そこは削れないらしく既に末期だ。エンゲル係数とやらは、チョコレート代で振り切ってンだろーな。
がさがさと袋を漁り小袋を平らげると、ぺろりと指に付いたチョコレートを舐め取る。
かすかにチョコレートの甘ったるい匂いが漂った。
「はー…食った食った」
「だろうなあ…」
常人じゃ考えられない量を食ったんだからな…。ゲーセンとかでよく見る特大サイズの板チョコを二枚以上食べた後、色んなチョコ菓子を摘めばな。
見慣れたオレだから気持ち悪い程度だけど、遊戯とかが見たら吐くな。間違いなく。(獏良は同類っぽいから、耐えられっかなあ?)
毎日毎日、放課後のバイトに城之内が繰り出すまで付き合ってその光景を眺める。…慣れって怖いな。
「つってもよ、毎日毎日場所変えねえでもよくないか?」
「バカ言え。なんのために秘密にしてると思ってンだよ!」
誰かに見られたら恥ずかしいだろ!なんて言いやがる。ここまで極めたら、誰もなんも言えねえと思うのはオレだけか?
校内だけに飽き足らず、そこら辺の児童公園から廃ビルあげくには駅前と、あらゆる場所で毎日食う姿を眺めてる。童実野町は狭いんだから、絶対にこの光景を何度も見た奴いるぜ?
食い散らかした菓子とゴミを分類しながら、更にいくつか摘む。
まだ食うのか、と呆れてしまった。
俺は、城之内の病的なチョコレート食いについてある時尋ねたことがあった。
「これある意味病気だから」
何事もなくケロリと言い切った。
朝は徳用の麦チョコかチョコフレーク、昼もチョココロネとかチョコサンドっつうチョコ尽くし、夕方には晩飯という名のチョコフルコース。確かにこれを普通の奴がやると三日経たずに音(ね)を上げるに違いない。
城之内の言う、病気ってのも頷けた。
「これ以外、食えねーんだよなあ…」
「は?」
「チョコの味しか分かんねえんだよ」
それはまた…と他人事みたいな感想が浮かんだけど、俺がこうなったら絶対狂うな。発狂するに違いない。
でも、なぜかこいつは困った素(そ)振りを見せずケロッとしてて。
俺は間違いなく味覚障害だろとか思って指摘したものの、食事なんざ栄養補給だろと予想外な返事。誰よりも食い意地張ってて、食う寝るたまに遊ぶが三大欲求に近い城之内が!栄養補給だと!
続けて、食えて一個でも味が分かりゃ十分だしーと笑って言う。
だからって、そうかと同意も出来ない俺は、ただ曖昧に言葉を濁す。
あの時はこれで話を切り上げたけど、この姿を見ているとたまに尋ねたくなることがある。
ぜってぇバイトのストレスからくる味覚障害だろーから、バイトをもうちっと少なくしてもいいんじゃねえかってな。
生活かかってっから流石に言えねえけど、とりあえず現状を改善に向けて欲しいもんだ…。(何はなくとも金がないと言って、病院に行かないのも大問題だ)
「じゃあ、本田サンキュな!」
「おう」
こうして俺たちは何事もなかったかのように別れる。
城之内はいつものように振る舞うけど、俺はこの瞬間が一番嫌いだ。あいつの背中を見るたびに自分の無力さを思い知るから。
まだガキだから、言葉には出来ても助けてやれることも(あいつは嫌がるだろーけど)できない。金もなけりゃ、包み込むことすりゃできねえ。
悔しい、と思うだけ。
また明日も明後日も一週間後も、あいつの病気が治るまで思い続けるだろう。
俺も、城之内に関しては病気らしい。
2007.10.18