誕生日、なにか欲しいものある?
唐突にそう聞かれ、城之内は狼狽した。その慌て振りといえば可笑しくなるほどで、つい笑みを零してしまうのも仕方がない。
今日、城之内は十七歳になった。
彼の仲間内では後ろから二番目の遅い誕生日。一月の末にあたる雪の降った寒い日、少し大人になった。
城之内は慌てながらも少し伺うように彼を見る。クラスでもかなり高い身長だが、そっと上目遣いで見た。何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込んで首を横に振る。
「サンキュ。気持ちだけ貰うな」
「遠慮しないでいいよ?好きなもの言って?」
けれど城之内は首を横に振る。
朝一番に彼に会うなり誕生日を祝った遊戯には、さっきの間に何もないと思えるほど鈍感ではなかった。殊更、親友である城之内のこととなれば余計に気になるのだ。
千年パズルに宿るもう一人の遊戯と手早く相談し、もう一度何が欲しいかを尋ねる。
だが頑なに口を閉ざしたまま、困ったように笑うのみだ。
いつも明るく快活な城之内から滅多に見ることの出来ない姿に、遊戯は困り果てた。互いに顔を見合わせて困った表情をする相手に苦笑をする。
「どうして?城之内くんは欲しいものないの?ボクがキミにあげられる物があるなら、なんでもあげるよ」
「遊戯からはたくさん貰ってるぜ、オレ」
貰い過ぎだしよ、と続けた。
遊戯は純粋に城之内に誕生日プレゼントをしたい。しかし城之内はいらないと言う。気持ちだけが擦れ違ってしまう。
それを察した城之内は遊戯の方を見て笑った。今日初めて見せたいつもの明るい笑みだ。
「あのよ、オレさ祝われ馴れてねぇんだ。あ、馴れるっつーのも変か。…えーと…」
「馴れてないって?」
「うち父子家庭で親父がアレだろ?母親が出てってからは祝ってもらってねーし、結構荒れてたし…」
余り自分のことを語らないから遊戯はすっかり忘れていたが、城之内の家庭と交友関係は余り良いと褒められたものではなかった。
自身も杏子以外の友人はいなかったが、節目節目にはいつも祝ってくれる家族も友もいた。それに今はもう一人の遊戯もいる。遊戯とは似ても似つかない環境にかける言葉を失った。
こんな時に、なにを言っても同情にしか聞こえない気がする。城之内はただ微笑んで気遣ってくれたことを喜ぶだろう。しかし、それでは遊戯の気が晴れなかった。無意識とはいえ城之内に辛いことを思い出させてしまったから。
もう一人の遊戯もすっかり困り果ててしまっている。こういう時の彼はあまり役には立ちそうもない。
ならば、と遊戯は機転をきかせる。城之内のあまり良い記憶のない誕生日を、良い記憶に塗り替えてあげたい。
自分が一番にできる城之内への精一杯だ。
「城之内くん!」
「えっ?」
「ボクたちがいるよ!城之内くんの誕生日を祝うよ!これからずっと城之内くんが止めてって言っても祝うよ!」
「遊戯…」
目頭が少し熱くなる。元々涙脆くはあったが近頃は特に決壊が緩い。ただ城之内にとって、嬉しいことを自然としてくれるからだ。
高校に入るまでの十六年間、掴むことも見つけることも出来なかった暖かいそれに触れて、城之内は涙が出そうになる。
だけどそれを堪えて、ありったけの笑みを浮かべて遊戯を見た。
「遊戯、ありがと…。オレ、お前に会えて良かった」
「ボクも。…もう一人のボクもだよ!城之内くんが生まれてきてくれて良かった!」
涙腺が決壊する。
父親には頼るだけ頼られるが嫌われ母親には捨てられ、唯一の妹だけが言ってくれる言葉。しかし、こうやって友人から貰うとは思わなかった嬉しい言葉。
生きているということを実感し、その意味を見つけた。
突然、ぼろぼろと涙を零す城之内に焦る遊戯。
「じょっ城之内くん!?ぼ、ボク変なこと言った!?」
遊戯のおろおろとどうしていいか分からない姿に、少し笑みが浮かぶ。もう一人の遊戯も遊戯にしか見えないが、ポーカーフェイスを崩して焦りを見せる。
首を横に振って、そうじゃないんだと言うけれど焦ったまま。
「違うんだって。嬉しかったから…、嬉し泣き」
「城之内くん…」
「遊戯、オレお前と知り合えて良かった」
遊戯がいて祝ってくれた今日はオレにとっての最高の誕生日だよ、そう言えば遊戯はとびきりの笑顔を見せた。
城之内にとって欲しいものはなにもない。レアカードも物もくれるなら嬉しいけれど、誕生日だからとねだってまで欲しいものでもなかった。
ただ親友が一番に祝ってくれた言葉だけで胸が一杯になった。それが城之内にとって最高の誕生日プレゼントだった。
この友情が、この瞬間が永遠に続けばいいだなんて、らしくもなく思った。
2008.02.17
誕生日に間に合わなく、更に出し遅れたという。