「本田さん、今日はありがとうございました!すっごく楽しかったです」
「オレの方こそアリガトな、静香ちゃん」
「お兄ちゃんもありがとう。今日が楽しすぎて静香、眠れないかも」
「し〜ずか〜…明日起きれねーと母さんに怒られっぞ。…っつってもオレもオンナジだけどな!」
「もうやだぁ、お兄ちゃん〜」
「あははは!…でもさ、ホントにホントだかんな」
「うん!あ、電車来ちゃう…」
「静香、また遊びに来いよな!」
「またな、静香ちゃん!」
「はいっ!また来ます。お兄ちゃん、本田さん、また遊んでくださいね!」
「…行っちまったな」
「そだな…。ほんじゃ帰るか、本田」
「おう。あ、城之内」
「んー?」
「静香ちゃんからさっきメルアド聞いてたろ、教えろ!」
「やーだーねー!静香はオレの大切な妹なんだぜ!静香が成人するまでは、個人的な付き合いは認めてねーの!」
「お前は父親かよ!」
「なんとでも言えよー!」

 静香はオレの大切な宝物なんだから、誰にも渡さない。

ここにしか咲かない華

 まだオレの家に母さんと静香がいて、親父が呑んだ暮れになったばっかの頃だ。毎日、事業に失敗したのはお前のせいだなんて母さんに罵る親父を見ながらオレと静香は育った。子供ながらに親父の理不尽さには気付いてたし、母さんがオレや静香に八つ当たりするのも何となく理解出来てた。ただ頭と体は別物で、叩かれたりするたびに母さんに裏切られた気がしてた。
 だけどさ親父の家庭内暴力の後の母さんの…、えーと…今風で言う虐待染みたことをされてたから段々とさ裏切りとかじゃなくって、オレが悪いって思い込むようになってった。これは仕方ねーよ。母さんは理由なくオレを怒ったりしねーって思ってたし。それが例え八つ当たりでもな。
 叩かれるたびにオレが悪い子だから、それを直すから許してって何度も言ってた気がする。そこら辺の記憶はあんまねーや。だって母さんがオレを叩いた後に泣くんだぜ。私が悪いから、克也は悪くないのよって。
 そんな母さん見てたら、なんか可哀相になってよ。母さんは悪くなんてないよって言ってた。
 だけど母さんは毎日毎日そんな繰り返しをする。親父が引き金だって知ってたし、母さんも辛いんかなって思ってたし、だから我慢することにしたんだ。
 うち貧乏だから冬でも半袖だったんだけどよ、やっぱ隠せねーから青痣とか目立つんだよ。何回かジドウソウダンジョ?に相談されたんだけど、オレは母さんが見捨てらんなかったから否定した。大人は否定してもそう言えって言われてんのかとかウルセーくれーに聞いてきた。
 自分の意思だっつっても理解を示さねーから、もう無視することに決めた。母さんも世間体気にして否定してたしな。そしたら相手にされなくなった。どんな風に処理されたかは知らないけど、結果的に何も無くなったならそれで良かったし。
 冬も半袖の青痣を作ったオレは、相変わらず母さんからの暴力っつか八つ当たりは受け続けた。
 オレだって馬鹿だけど学習能力はあるんだぜ。逃げるなり反撃するなり何しても良かったんだけどよ、どうしても矢面に立たねーといけなかった。
 静香…静香がいたから。
 オレより四つ年下の世界で一番大切な妹がいたからな。最初はさ、何で静香だけ叩かれないんだろう不公平だなんて思ってたけど、ある日気付いたんだ。無意識に静香を庇ってたって。
 いつまでも親父の暴力と母さんの八つ当たりの矛先が同じじゃない。静香に向いたこともあったけど、静香がオレに助けを呼ぶんだ。他の誰でもないオレに。
 静香はちょっと体が弱くて、目は今でこそ完治したけど昔は軽度の弱視だったから、オレが守ってやんないとって思った。静香が助けを呼ぶのはオレで、オレにしか守れないって思ったから。だからオレは静香に向けられた暴力を全部受け止めた。
 勿論、青痣が出来たのはそのせいでもあるんだけど。そんくらいは名誉の負傷だ。静香が無事ならオレはそれで良かった。
 母さんが泣こうが、親父がビビろうが静香に矛先を向けた時だけは許せそうになかったな。一番守ってやんなきゃなんねぇ静香に手ぇ上げるなんて最低だ。オレにする分は受け止めてやる、そんなガキだったんだぜ。
 けど静香は泣くんだ。オレの怪我だらけの体見て、痛いよ痛いよって泣く。オレは体張って静香を守れたらそれで良かったのに、静香はオレの怪我を見て泣いた。
 結局泣かしてたのはオレでさ。そんなつもりなかったけど、オレ見て泣くんだからしょうがねぇし。でも静香を庇わずにはいられなかった。
 ガキなりに気付いた、静香への想い。オレがあんな家庭で育っときながら、全てを捨てずにいられたのは静香がいたから。
 静香はオレにとって未来を示してくれる唯一の光。
 オレが静香にとって希望の光だって言ってくれんなら、静香はオレにとっての唯一の光。
 だから失いたくない。誰にも触れさせたくない。

「城之内?どしたんだよ、黙って。気持ちわりーぜ」
「気持ち悪いって…」

 お前が言ったことで、色々思い出してたんだよ。

「まぁいいや。帰ろうぜ、本田」

 先を切って歩けば本田が追ってくる。多分、追い付かれたらまた静香の連絡先を聞かれそうだな…。
 静香はオレだけの光だから、何があっても渡さない。
 それが幾ら信用の置ける仲間だったとしても。
 だからオレは走った。追い付かれないために、上っ面だけを取り繕って誤魔化すために。

「あ、おい!城之内!」
「追いつけるもんなら追い付いてみろーっ」
「てめっ…!」

 静香はオレの大切な宝物だから、本当は誰にも触れさせたくはない。だけど、それは静香を泣かせるからしない。
 だけどオレは絶対に誰にも静香を渡さない。
 静香は、誰にも渡しはしない。

 2008.02.29
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