※注意 や(まなし) お(ちなし) い(みなし) を地でいく文章です。お気をつけ下さい。
「好きです」
この言葉は思いの外、簡単に口から吐き出された。
もっと勇気のいるものかと思っていたけれど、彼を前にした途端その言葉よりも、ただただ動悸と眩暈を覚えただけだったのだ。
この感情、あなたには分かりますか?
「え?何、言って」
「私、荒井が好きなの」
動揺して目を大きく見開いて私を見る。私よりも明らかに身長が大きいのに、同じ目線かそれより低く見えるのは、彼の着痩せする体格がそうさせているに決まっている。
私の視線違いなはずがない。
彼に関しての目測はカメラよりも正確なのだ。間違えるなんて言語道断。
しっかりと好意を伝えれば、荒井は首を傾げた。
「俺のどこが、好きなんだ?」
え、そ、そんなことを聞いちゃうの?ねえ?
首を傾げる荒井は教室や部活中とは全然違っていて、まるで手塚先輩の前にいるような態度だ。
ちょっと待って!
手塚先輩ってこんな荒井をずっと見てきたって訳!?私が間近で見たくても見れなかったこの姿を?
…良く、今まで平然としていたれたものだ。大分尊敬する。
私は思わず手塚先輩を尊敬しつつも、目の前の荒井に聞かれたことを言う。あなたのどこが好きかなんて、それを片思いしてきた乙女に聞いていいの?
あなたは手の届かない人じゃなく、クラスメイトとしてずっと側にいたでしょう?
だから、どこが好きかなんて愚問よ。
「…全てよ!」
「ずっと側にいたとか堂々宣言しながら、それかよ!」
「えッ!?口に出てた!?」
「俺が手の届かないとか何とか言ってた」
手塚部長たちみたいな存在じゃなくて悪かったな、とむくれながら言う。
か、かわ…可愛い…!相変わらずあなたは可愛い人ね!
そう、そうよ。私は荒井のどこが好きって可愛いところじゃない。そのサラサラの髪の毛とか、強気そうな瞳とか無駄に細い腰とか足とかもう食べちゃったら美味しそうだなとか思いながらも私のものになって欲しいっていうか邪フィルターを装着した腐女子としては手塚部長手塚部長と乙女さながらに胸の前で指を組んじゃうあなたが可愛くて受け確定よねとか力強く思ってたりなんかするんだけどたまに見せる男らしいところとかそのギャップがたまんなくて可愛くて萌えて萌えて仕方がなくなったからいっそのことなら告白しようって思い切ったんだけどまた手塚部長とか言うんだから手塚先輩とくっついてくれても私的には美味しいけど越前君とか桃とか不二先輩とかダークホースが一杯いるんだから争奪戦とかなっちゃわないかしらきゃっそれって総受けじゃないのちょっと待ってそうなったら私見向きもされないっていうか体のいい当て馬じゃないのそれでもいいいいわ馬に蹴られて死んでやるわそのハーレムっぷりいい荒井ハーレム年下攻めとか崇拝する先輩とか親友とか黒い先輩とか完全に腐女子受けする設定をリアルに築き上げてて最高のおかずだわこれだけで飯が五杯くらい軽いに決まってるわってそんな設定だったら私ってどこにでもいる腐女子代表の友達みたいな扱いにならないかしらよくある腐女子設定のBL的に騒ぎ立てるだけのウザい集団の一角を担うのね確かに腐女子だけど仮にも恋する乙女にその設定は酷だと思うんですけど目の前にいる彼は私なんかを遥かに上回る乙女ですけどね!
って、そうじゃなくて。
荒井が乙女ってのはこの際だから置いておくとしても、駄目よ私。
彼に恋をしてから腐女子は卒業するって決めたじゃない。
だって何もかもをそんな目線で見てたら、告白もさっきみたいに悶々としてまともに出来ない…。
この妄想壁と腐女子フィルターのせいなのよ!
「………?」
「は、はい!」
名前を呼ばれて身体が硬直した。いつもはお前とかテメェとか、そんな風にしか呼んで来ないのに、今日は苗字で呼ばれた。
嬉しい!という感情よりも先に、私の腐女子センサーが働いてしまう。
どうしてあなたはそんなにも可愛いのかしら!名前を呼ぶだけなのに、小首を傾げたり、ぎゅっと堅く握った右手を胸元に持っていったりなんかして!それってもう、完全に乙女よ、乙女!
そんな風なあなただから、菊丸先輩が可愛い可愛いって手放しで誉めたり、海堂でさえも言葉を詰まらせたりしちゃうのよ!
それだけならまだいいわ!
あの氷帝の跡部さんさえも狙ってるっていうじゃない!この情報が私の腐女子仲間からだったりしても、いいの!信憑性なんて私たちには必要ない!萌えられればそれでいいの!
このフィルターは伊達じゃないの!正真正銘の腐りきったフィルターなのよ!
「…あの、俺…」
視線を逸らしながら、頬を染め上げた荒井を見る。
こ、こんな表情…反則だわ!
なんて可愛いの!どうしてこんなに可愛いのかしら!このまま誘拐して部屋に閉じ込めておきたい!
つい最近友達に借りたヤバげなBLゲームで、監禁の末に調教とかあったけど、今なら私もその主人公のイカれた思考が分かる!理解出来ないけれど、萌えるんだから仕方が無いっていう気分だったけど、今なら私あの鬼畜主人公と友達になれるわ!
腐女子の神様が降臨してくる。
私の中の妄想が臨界点を突破して宇宙空間にまで辿りついた。
今の荒井には私がどう映ってるのかは分からないけど、私の心情風景はビックバンと地球誕生の勢いだ。
「悪いんだけど、のこと、そういう風には…見たことねぇから」
断られた。
残念とかそういう気持ちは沸いてこない。失恋したのに、何故かそういう気持ちが抱けないのだ。寧ろ、抱いてしまったのは荒井のその表情に萌えた三次元に対する萌え。
三次元に萌えなんて使っちゃ神が怒りそうだけれど、この目の前の荒井に萌えずにどこに萌えろってのよ!
この三次元萌えに神様が降臨して、私の耳には幻聴が聞こえてくるのだ。
『俺、手塚先輩が…』
「分かった!分かったわ!お幸せにね!私なんてとても適わないわ!」
「えッ!?な、なに言って…!」
「そりゃそうよね、私なんてあんなにオールマイティにもなれなければ、染色体から違ってきてるもんね。XをYになんて変えられないもの。大丈夫、私は非難したりはしない。寧ろ、力一杯に応援してるから!」
そうよ、手塚先輩になんて適う訳がないじゃない。あの何でもスマートにこなしちゃうような人になんてなれないわ。それに、きっと私じゃ彼を幸せに出来ないのよ。
この男同士なんていう不毛な恋を私は応援するわ。
世界中の腐女子代表として!
近いうちに妄想だけで本とか作っちゃうかもしれないけど、それは許してね。私の萌え活力は今のところ荒井だけなの。
「ちょっと待て!」
「え?」
「のこと、そういう風に見れねぇっつったけど、何か凄い方向に勘違いしてないか?」
「凄い方向って?」
私は純粋にあなたが手塚先輩のことを好きっていう風にしか見てないわよ。
「なんかまるで俺が男が好きみてーな響きに聞こえたけど」
「男が好き?そんなこと言ってなんてないわよ。私は純粋な気持ちで愛に壁はないのよって言っただけで」
男同士は男女よりも深い深い心の繋がりがあってね!これも友達から借りたBLゲームの攻めの台詞なんだけど、「好きの感情に壁なんて無いんだよ」ってやつよね!
そうよ、私は腐女子で三度の飯よりもホモが好きよ!勿論、少女漫画も好きよ。でも、BLの方が大好きなの!
「………………」
「なに?」
「気が変わった。お前の気持ち受け入れるから、その可哀想な考えを一緒に治そうな」
「え、えぇ!?いきなりなにッ!」
「、今日からよろしく」
荒井は私を哀れな瞳で見ながら、肩をポンポンと叩いてきた。
なにがどうなったのかは分からないけれども、何故か私は荒井と付き合うことになったのだった。
僕の彼女を治してください。
続くんだと思います。脳内妄想の回転のリアル感を出そうとして失敗した腐女子ヒロイン…!