さんさんと輝く太陽に反して、俺自身がとてつもなく暗黒に浸っていた。
「…のわぎゃあぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!」
こんな日に限って朝のおはようの挨拶が、この悲鳴に変わっていたのだ。
ダイヤモンド 原石の君
朝七時前後。目を開けてたっぷり二十九秒瞬き一つしなかった。いや、出来なかった。非常に目が乾燥して痛くなった。
いや、それよりも夏だというのに非常に体が火照るように熱かった。いや、熱くて当たり前なんだ夏だし。じゃなくて、クーラーを付けているのに、非常に熱かったんだ。夏風邪じゃない。
そして手足が拘束でもされたのかと思う位に締め付けられていて身動き一つ、出来なかった。
べ、別にそういう趣味がある訳じゃないぞ!
そして、目の前には長い睫毛を寝苦しそうに揺らす…一人の人間が、そこに、いた、の、です。
次の瞬間には、俺の悲鳴は家中に響き渡った。
「…うるさい…」
耳元で叫んだお陰で、非常に不機嫌な声を出して起きてくる。俺を解放すると同時に耳を押さえる人間に対して、開いた口が塞がらなかった。
何故、お前がここにいるのだ。というのが正しいのかもしれない。しかし、そんな言葉すら出てこず相手をタップリ眺めることしか出来なかった。
普通に服を着ていたのであれば、俺は相手を無駄に眺めなかっただろう。しかし、なにも着ていないとなると流石の俺でも開いた口は塞がらず、ただ行き着く無粋な妄想が頭に渦巻く。
まさか、これに限ってそんなことはないだろう…いや、あってたまるか。
首を左右に振って精一杯、自分の考えてしまった恐ろしい妄想を振り払う。
「なんで朝っぱらから叫んでんだよ…」
低血圧だと普段から言っているだけあって、朝一番は非常にご機嫌が斜めの様だ…。
というか自分の置かれている状況すらも整理出来てないのに、どうして目の前の人間の模様を描写せねばならんのだ。テンションが一気に落ちる。
「いや、ていうか、どうしてお前が俺のベッドに?」
「布団だろーが。カッコ付けてんじゃねぇ」
「布団じゃないって、ベッドだってば」
「ああ、洞察力と記憶がないお前にはベッドに見えるんだな…」
哀れみの篭った瞳で俺を見てくる。
や、やめろよ!そんな眼で俺を見ないでよ!そういうの苦手なんだから!
俺が狼狽すると、目の前の奴が深い深い溜息を吐いた。
「ホントに自分で辞書を敷き詰めたの覚えてねーのかよ…」
「あ!」
そうだ!辞書を敷いたんだった。しかも、その辞書は俺の親父から貰ったもので、日本国語大辞典全20巻という脅威の分量だ。使い道がなくて、壁際に積んでたんだっけ。
辞書自体を見ない俺に押し付けてきた理由は、要らなくなったからっていう単純明快な理由だ。(なんでも、全十四巻になって収録語句も増えて帰ってきたんだと)
だけど、なんで辞書を敷いたんだっけ…。
あんまり無い記憶の片隅から引き摺りだしてくる。
そうそう、ベッドのスプリングが壊れてて、更に使えるような状態じゃないんだって昨日気付いたんだ。で、酔っ払いの俺はなにを考えたのか、その辞書をベッド代わりにしたんだっけ。…ああ、こんなお粗末な使い方がバレたら親父に殺される…!
しかしだ。何故こいつがここに?
話題が意図的でないとは言え、どんどんずれた方向へと逸れて行ってる最中、漸くハッキリしだした意識の中でそんなことをふと思った。
何故、お前は素っ裸で、俺はジャージを?昨日、スーツのまま即席ベッドに…いや、布団に転がり込んだはず。
目の前の俺と同じ位の体格のこいつは生意気にも欠伸をして、完全に開ききっていない目をこちらに向ける。
「あー。おはよう、」
「順序が違う!」
「…んだよ…。親父こそ違うだろーが。朝から叫ぶもんじゃねーぞ」
そうだ。俺はこいつの親父だった。いや、親父じゃねー!オトウサマだろうが!つーか呼び捨てにすんなよっ。
目の前にいる上半身裸…いや、下半身もほぼ裸の半ば猥褻物陳列罪を犯している男は俺の息子…愚息の三上亮。俺は三上。あ、言っておくけど俺はまだ27だ!ピッチピチ(死語)なんだからな!
…そだよ。十三の頃の子供ってことだよ。いやー、あの当時は俺も若かった。楽しくて気持ちよければなんでもいいぜ!みたいな馬鹿な子で、遊びまわったもんだ。しかも、初めてヤった次の日から、もう頭ン中そればっかりで。
なにかに取り付かれた馬鹿な子って呼んでいただいても、全然構いません。ハイ。反省、してるつもり…!
…すみません、すみません。ゴム付けてませんでした。そっちの方が気持ちいいんだわ。って朝からこんなネタでいいんだろうか。
息子の方はと言われると顔は母親譲りのそこそこ整った顔で、筋肉もきっちりついてて…俺と違ってスポーツ一本の半熱血馬鹿。そして、寮に入ってるから本当なら居ないはずなんだけどなぁ…。
「どしてここに?」
「アホか?俺が帰省して悪いのかよ」
「悪くないけど、なんでまた」
「帰省ラッシュついでに、親父の間抜け面を拝んでおこうかと思ってだな、せっかく帰ってきてやったのに」
間抜けで悪かったな。
しかも、上から物を言われてるぞ、俺!
「帰ってきたら帰って来たで、玄関先で馬鹿親父が酔っ払って倒れてるし」
…そ、そんな記憶ございません…。
「ベッドに寝かせてやろうと親孝行しようと思ったら、使用済みのゴムやら女物の下着が落ちてるやら。更にスプリングまでぶっ壊して」
俺は今フリーなんだよ!だから、そういう激しい情事の後なんざ、別にいいじゃんか!
どうせ、嫁にも捨てられた駄目男ですよ!ふーんだ!
「無理矢理にたたき起こして布団を引けって言ったら、辞書を敷き詰め始めるし」
そ、れは…ベッドの代わりにと…。
「これで俺も寝れると思って部屋に入ったら、人の部屋にさんざん道具突っ込んで掃除も一切してねーし」
帰ってくるって分かってたら、掃除くらいしてた…多分。
「どこで寝ろっつーんだとか思ってたら、お前また部屋でスーツのまま寝転がってるし」
あぁ、耳が痛くなってきた…。
「皺になるから着替えさせてやろうとか思ったら、洗濯物を何日分貯めてんのか分からねーし」
…炊事は出来ても洗濯は嫌いなんだよ…。
「仕方なしに唯一ある俺のジャージ着せてやったから、この通り俺は何も着るものなし」
うぅ…ごめん。俺、自分の息子を疑ったよ…。自分の花の操を奪われたのかとか思って…。
「やっと寝たら、今度はお前がくっ付いてくるし。熱いったらねーんだよ」
俺も熱かった…。
「無駄に辞書を下に置いてるせいでひじょーに布団が狭くてなー、抱きしめたくもない親父なんかを抱きしめる羽目になるし」
言っておくが、亮が7歳になるまでは、俺にくっ付いて離れなかったんだからな!
お、おあいこだろっ!
「起きたら起きたで騒ぎ立てるし。、もう少し落ち着くってこと出来ねーのかよ」
何か、俺って父親だと思われてない気がする。
深々と溜め息を吐き出す息子を見て、激しく腑に落ちなかった。何か俺より年上に見えるぞ…。
それに世間様の息子さんは、お父さんのことを呼び捨てにするものなんだろうか…。あんまり世間と付き合いないせいか、そういうのはドラマとか自分の育ってきた家庭しか分からない…。普通は反抗期とか呼び方は「父さん」とか「親父」とかじゃないのか?
俺、反抗期迎える前に親父と大喧嘩したからなぁ。亮君をこの世に誕生させちゃうような出来事を起こしたから。
そりゃもう、怒られるわ勘当されかけるわで大変だった。俺自身が学校生活とかあって、放任主義で育ててたお陰なのか、なんなのか知らないけど母さんや親父からは可愛がられてた。
まあ、母親譲りの小奇麗な顔してるし、元から賢い子だったせいでもあると思う。今でもお爺ちゃん、お婆ちゃん子の亮君。
うちの親父、五十代になったばっかだから、亮と並んでたら親子っぽいんだろうな。
それのせいかも、俺が父親っぽく見られてない理由!
「おい…親父」
「え?」
「今日は、徹底的に掃除と買出しするからな」
「…え?」
「こんな汚い場所は居住空間とは言えないからな。それから、使用済みゴムはいつまでも放置しとくな。不衛生極まりない」
…も、申し訳御座いません…!
これほど、息子に頭の上がらない父親というのもどうかと思われるが、出来すぎる息子を持つと楽で仕方がない…。
「、いつまでもボーっとすんなよ!」
「は、はい!ごめんなさい!」
あぁ、もう。ペースは全て亮に持っていかれたようです。
取り敢えず、今日は一日大掃除の予感が…。朝日を拝みつつも大きめのジャージを引きずって俺は立ち上がった。
何故かこのシリーズは人気が高いのです。主人公がお父さんだから?