「あ」
「あ…」
思わず視線を逸らして引き返そうとすれば、どこへ行くんだ?と渋沢に首根っこを掴まれてしまった。
ダイヤモンド 無知の王様
今朝の番組の占いコーナーで「今日の水瓶座の運勢は最悪〜!思わぬ人との再会で参っちゃうかも!ラッキーフードは闇鍋!」とか言われてたような気がする。
あぁ…大当たりだコンチクショウ!
投げやり的に吐き捨てるように叫びたかったけど、流石にこの場じゃ拙いから飲み込んでおく。
渋沢はにこりと笑みを作り、俺に走り寄って来る奴に対して挨拶なんかをする。やめとけ、やめとけ。するだけ無意味だって。
「こんにちわ、三上さん」
「こんちわ、渋沢君」
俺の服を掴んだまま離さない渋沢は、頭なんかを下げるから俺まで無理な体勢になってしまう。つまり、渋沢に向かい合うように立っていたから、思わず引っ張られて腰の骨がゴキゴキと嫌な音を立てた。
俺の話を聞いて、大体の理由を把握している近藤は俺を見ながら苦笑を浮かべる。
その横で興味津々にあれは誰だ誰だなんて騒ぐ阿呆どもに対して、近藤は「三上の親父さん」なんて言い出す。あーれーはー、俺の親父かもしれんが、絶対に認めねぇ!
参観の時は見てるのが楽しいとか、からかいたいとか散々思った気がするけど、その後が大変だった…。
すっかり俺を頼りにしきったアイツは家事全般というか、とにかく家の隅から隅まで汚しきった部屋を俺に見せて「掃除して」なんて言い出した。
文句を言えば(帰省して来た日は成り行き上、片付けねぇとなんねかったし)「亮君は俺の息子だもーん。文句なんか言わないもんねー?」とか変な口調で言いながら、隠し持っていたはずのエロ本をバサバサとチラつかせやがったんだよ。
本一冊なんざ、どーでもいいんだけど、絶対バレない位置に隠しておいたはずのその本を持ってるアイツを見てなにかヤバい気がした。
そのまま部屋に駆け込めば、見るも無残な俺の部屋の残骸があった。
前と一緒とか完璧に嘘じゃねーか!前よりも人の住めねぇ空間に成り下がってるじゃねぇか!
思わず、そう叫んだ程だ。
あの状況は口に出してなんて言えない、言いたくない、言えるはずもない。
部屋を見て発狂しそうになった。そして俺の後ろから部屋を覗き込みながら「片付け、しよーね」とか言い出した。
喰い散らかした女とかゴムとか何とか以前の問題だ。たしかに、家に俺が来るのを躊躇ったわけだ、そうしっかりと確信した。
俺が家に帰ってきた以上、開き直ったあのアホは掃除掃除、と俺に掃除機と雑巾を渡しやがる。更には、手伝うとか言って片付けた矢先から散らかして、二歩進んで五歩位戻らされた掃除だった。
あんなの、もう一生嫌だ。寮生活じゃなかったら…もっと家は清潔だっただろうな…。
トリップしかけていたけど、我に返れば根岸とか中西とか藤代とか以下略が、あの馬鹿に対して「若いっすね!」とか「三上が羨ましい!」とかギャアギャア騒いでやがる。
「あはは、ありがとー」
「ありがとー、じゃねぇだろうが!!」
「な、なんだよ!」
「なーんーでー、ここに居やがるんだよ!」
どこからどう考えても、ここにが居るのはおかしい。ここはスーパーに買い物に来たとかナンパしに来たとか言う理由で来るような場所じゃない。
普通にただっ広いグラウンドがあるのみ。それ以外はなに一つ…とまではいかないが、が来て楽しい場所じゃない。…どう考えても。
「えー?誘われたんだけど」
「誰に」
「渋沢君」
「………………」
その回答に言葉を失えば、は渋沢に対して「誘ってくれて、ありがと」とか言ってやがるし、更には「うちの息子が世話になりまくってます」とか言うし。
世話になった覚えもなけりゃ、恩に感じたことすらない。寧ろ、渋沢は俺に対していらない世話を焼きつつも、厄災を見事に撒き散らしてくれた感じだ。
有り得ない、有り得ないから。
「今日の試合、俺応援してるからさ、頑張れよ。帰りは一緒に飯食ってこ?鍋でもいいね!」
「今日のラッキーフードは闇鍋です」この言葉がぐるぐると頭の中で繰り返される。
闇鍋って時点でラッキーでもなんでもねえ!つか、誰がそんなもんを運気アップのためにするんだよ!
「…帰れ」
「えぇ!?ここまで来て引き返すの!?嫌だよ!」
「、あのな…頼むから俺の生活を乱すな」
「…俺、乱してる?亮の生活邪魔してる?」
「果てしなく。一緒に居るだけで気が狂いそうになる」
帰れば掃除か洗濯かばかりしてたらな。それさえ除いたり、開き直れば見てるだけでも楽しい親父、ココにありって感じなんだけどなぁ。
だが、それとこれとは全くの別物だ。
どうも最近気付いたんだが、が俺以外に父親面をするのが受け付けないらしい。いや、父親であるということを認識すると駄目らしい。
俺が優勢に立ってねぇとヤだ。とか思ってる自分が居て、ちょっと気持ち悪くなったりしたんだが、やっぱり冷静になって考えても俺が優勢で、翻弄してねぇと嫌らしい。
つか、色々受け付けない。
主導権さえ握ってりゃ洗濯や掃除は嫌だけど、他のことは大体何でもしてやろうって気になる。
だが、コイツが俺の上に立ってるとムカつく位に嫌だったりもする。
特にエロ本騒動の時とかな。あの時、荷造り紐で縛って、婆ちゃんの家に捨ててきてやろうかと思った。もう一度、性根を正してやってくれって感じで。
…こういうのを独占なんとかって言うんだろうか。独占欲?それはそれで、結構どうかと思うんだが、それでいいよ。なんか色々言うだけで言い訳してるみてぇだから。
「…う、うぅ…酷い…」
「なん……?」
「…亮、俺が居ると迷惑?めいわく?」
「時と場合によっちゃ、ウザい位に迷惑」
畳み掛けるように言えば、落ち込んだように暗い雰囲気を纏わり付かせる。
それ、すげウザいから止めろよとか言おうかと思ったけど、やめてみた。…何か、俺がイジメてるみたいだし。
日頃、あの手この手で苛められてるんじゃねぇかって錯覚するのは俺だけどな。
後ろからは非難の声が上がる。
一度でいい、一度でいいからこいつを親父にしてみろ。
「お父さん、かわいそーっすよー!せんぱーい!」
「そうだそうだ、三上の人でなし!」
「三上の女タラシ!」
一番最後の言葉はぜってぇ違う。趣旨から外れてるから、それを言った張本人にスポーツバッグを投げつける。
ボスっという鈍い音と共に、俺をタラシとか言った中西の顔面から落ちる。
確かに、この女という女が大好きなの血は半分くれぇは貰ってるけど、俺はそんな真似したことがない。というよりも、外見に似合わねぇって言われるが、好きな女は一人でいい。
何人もいたら結構鬱陶しいだろうが。立ち回りとか、ブッキングだの何だのって。
これみたいに、体だけの関係も嫌なわけで。
一回の関係で生まれた俺を「要らなくなった」とか言って、俺を婆ちゃんや爺ちゃんに押し付けた、お袋みたいな女なんかとは寝たくも無い。
世の女が皆そんなんじゃねぇってのは分かってるけど、結構な家庭環境のせいで女という生き物はあまり好きじゃない。落ち着いた大人の女とか、三歩後ろを歩く女は大好きだがな。
今時、後者は生存確認できるのかさえも危うい。
…じゃなくてだな、中西を睨み付けておいて、俺に非難の声を上げる藤代や根岸を見る。
「えぇい、黙れ黙れ!そこまで言うんなら、一度コイツを親父にしてみやがれ!」
勢い任せに叫べば、藤代は若い父親が羨ましいから、俺のお父さんになって欲しいとか言った。
おいおい、本気か。若けりゃ、いいってもんでもないんだぞ。
まぁ、冗談半分だってのは分かるけどな。
…とか思ってたら
「…キミ、いい人だね!ホントに俺の子になる?」
「あはははー、よろしくお願いしますー」
てな具合で話が進んでいき、気づいた頃には「三上誠二でーす」とか言ってた。
マジでか。
ていうか、三上誠二とかキモ!止めて!
「ちょ、ちょっと待て待て待て」
「なんだよー、亮」
「なんだよー、じゃねぇだろぉが、ボケ!」
「ボケ…ボケって言ったぁ!酷い酷い酷い」
「酷くねぇ!この藤代に、お前の面倒が見れるはずねぇだろーが!の面倒を見れるのは、俺一人だろーが!?」
しん、と辺りが静まり返る。
俺の声だけがエコーするように響く。…ちょっと待て。
俺、今、なに、言った……?ごちゃごちゃとしている頭の中を整理する。
一軍だけで移動してるわけじゃなかったから、何百という目が俺とを相互に見比べている。
は驚いた表情で俺を見上げている。
もしかして、俺…とんでもねぇこと言ったかも。
出来るならば、この場から走り去りたい気分だ。というか、しばらく誰の顔も見たくねぇ。てか、見れない。
暫くの静寂の後、一番に口を開いたのは渋沢だ。
「三上、すばらしいまでの親子愛だな。間違った方向に進みかけだが、俺は感動した」
「……中途半端にフォローいれてくれて、どーもアリガトウ…」
哀れむような目で、俺の肩を叩きながら渋沢は一生懸命フォローをいれようとする。
「あ、亮…」
どっかの金融業者のCMに出てくる、子犬みたいな目で俺を見上げる。
長い間一緒にいるせいか、この後の行動パターンが読める。
この俺としたことが、口をふさぐ前に、先手を取られてしまった。
「そんなに、俺のこと…。あ、でも、その…。幾らなんでも親子で…男同士で…は、拙いよ。お、おそわな」
「い!襲わない、襲わない!っていうか、頼むから誤解すんなーー!」
俺の必死の叫びが木霊したのだった。
ちょっとだけ息子が意識をしたようです。