Poinsettia
「あっ、懐かしー」
必要な資料を出していると、中学時代の頃に課題があって読んだ本を見つけた。班学習をして、模造紙に色々と書き込んだのを鮮明に覚えている。
私はそれを取り出して、山積みの本の上に重ねた。
そうして、また仕事に戻る。色々な先生方に頼まれた本のジャンルを書き出した紙を見る。
自分しか判らないような走り書きの中から、探し出した本の配架番号を簡単にメモをしていく。
その作業が終われば、まだ探し出していない本を探し始める。
「九一三…九一三…九一のさん………ろく」
「これか?」
真横からふっと手が伸びて来て目当ての本をさらっていかれる。
聞き覚えのある声に私は振り返った。
「水野先生!」
「はかどってるか?先生」
目当ての本をパラパラとめくりながら、私に声をかけてくる。
その本を取り上げて、机の上に置く。昔より随分と差を付けられた身長に合わせるように、首を持ち上げる。
面影は昔のままだけれども、すっかりと大人の顔になってしまっている。
「うーん…まぁまぁ…」
「俺も手伝うよ。頼んだのは俺だし」
「えっ!水野くっ…いえ、先生が!」
驚いてしまう。別に手伝うってことがじゃなくて、水野先生がってことに。
失礼だなって笑って言いながら、先生は私を無視して書架と向き合う。頼んだ人物だけに、目当てのものを簡単に取っていく。けれども、それじゃ学校図書司書としての私の立場がない。
手に取った本を指して一言。
「その本は生徒には難しいんじゃないんですか?」
「そうか?」
「こちら位が資料としても説明をするにしても、易しいと思うんですけど」
差し出した本を受け取った水野先生は、中身をパラパラと見て納得したように頷いた。そして、流石 先生は司書教諭だなと言った。
少しだけ有頂天になった私は、当たり前でしょうと言い返す。
このやり取りが嬉しくなってしまう。
「でも、水野先生とこんなとこで再会するとは思いませんでしたよ」
「俺も。相変わらずは本の虫だしな」
「なによぉ。水野君だって、文学青年のくせにぃ」
私たちはそう言って笑いあった。放課後の静かな図書館に、笑い声だけが響く。
そう、水野先生と私は同期に卒業した、元同級生。中学三年間ともに同じクラスだった割りに、会話をした回数なんて数え切れるほどのもの。
ただし、それは教室でのみ。私も彼も、本というものには目がなかった。
度々図書館で出会って、すっかりと息投合してしまったのだ。それ以来、図書館では何かと会話をする仲になった。
高校からは別々になったから、ずっと会ってなかったけどまさかこんな所で再会するとは思わなかった。
同じ教師の道を歩んでるだなんて。
こういうのを偶然の中の必然っていうのかしら。
うふふ、と私は軽く笑う。
「水野先生。たまには図書館にも遊びに来て下さいよ?」
「?」
「だって最近は、結構暇なんだもの」
そう言いながら、私はさっき見付けた懐かしい本を水野先生に押し付ける。
押し付けられたからには受け取らずにはいられないそれを、右手で支えると表紙を見て懐かしそうにした。
そして、一番後ろのページを見る。
黄色い封筒の中に一枚の紙。私たちはブックカードと呼ぶそれには、水野先生の名前が書かれている。今はプライバシーの問題だかで廃止されてるけど。
焦って書いたのか、流れるようなとてもいびつな字だった。それがかえって懐かしさを引き立たせる。
そうだ。教室でもいくらか喋ったことがあった。課題をする時に同じ班になったんだ。
その時に、図書館仲間同士で一杯盛り上がった。クラスの友達からは、仲良くしてることを羨ましがられたなぁ。その時ばかりはちょっぴり優越感に浸ったものだ。
課題をしながら抱いた淡い恋心を今になって思い出す。この人を凄く好きになって、毎日考えてたあの頃を。
とても幸せだった。誰かを好きになるということで、自分の毎日が充実されていくのだから。
「私ねぇ、昔は水野君が好きだったのよねー」
「え?」
「あの課題で一緒の班になった後かなあ、あの辺りから凄く好きだったのよ」
閉じた本を本棚に戻した水野君は、生徒の騒がしい声のするグラウンドを軽く見てから振り返った。
前髪を掻き上げて、ゆっくり微笑んだ。
「そうか…。今は?」
「今は仕事がコイビト」
「それは…ちょっと悔しいな」
「ふふ…。妬いてくれるんだ?水野君が」
「その言われかたは心外だな、」
軽口を叩けるようになってしまった今では、恋というよりも友愛が芽生えてると言える。
でも、憧れだった水野君とこうやって会話してるだけでも十分素敵なことだと感じた。中学の時の同級生に自慢してもし足りない位に。
彼が戻した本を指で少しだけ引き出して、背表紙を眺める。あの頃に戻りたいとは思わないけれど、その気持ちを大事にしたいとは思う。
本をきちんと配架場所に戻して、照りつける陽射しを浴びながら私は彼を見る。
「ねぇ、今度隣町の図書館に行かない?」
「あぁ…リニューアルしたっていう?」
「そうです。行かない?」
「下手なデートの誘いだな」
クスリと大人っぽく笑う。
「いいじゃない。私らしい誘いでしょう?」
それもそうだ、と彼は小さく笑う。
窓辺のポインセチアが私たちを笑うように、ゆらりと葉を風に遊ばせた。
国語教師とかが水野には似合いそう。ちょっと文学青年です、みたいな感じがしてやまないです。