テ ト ラ ポ ッ ド
多分、釣りの雑誌だったと思う。
私が偶然にも手にした釣りの雑誌にテトラポッドが映っていた。あの妙な形のコンクリートには波の侵食を守る役割がある。
別にそんなものに興味は無いけど、何となくそれがある人物を思わせるのに丁度良かった。
三上君と中西君の無謀な争いから周りを守る大役を買って出ている、根岸靖人という人物を思い出させた。
どうしてか、あの二人の争いは大型台風並みの威力がある。
酷い時は授業が始まっても口論の挙句、取っ組み合いの喧嘩をしたことがあった。
どうして教師は、あの二人を同じクラスにしたんだろうか。ちょっと考えれば、あの二人を近づけちゃいけないことくらい分かってるはずなのに。
別に仲が悪い訳じゃないみたい。でも、意見の食い違いというのはあの二人にしてみればかなりの不満みたいで、片が付くまでは止まらない…んだって。
近藤君と三上君は意見も考えも何をするにしても似たような世界を描いているから、口論も無くスムーズに物事が運ぶ。いつもは不服を漏らす三上君だって彼の一言ですぐに動く。
これを彼ら流に言えば親友なんだと思う。
けれども中西君だとそうはいかない。だから、宥め役の根岸君が出てくる訳。
きっと彼がいなければ、うちのクラスは破滅の道へと辿っていたと思う位に、クラスの皆から彼は頼りにされている。
普段は気弱そうな感じで、サッカーをやっている時以外は、本当に何の役にも立たないって三上君が言っている通りに本当に役に立たない。
サッカーをやってなければクラスでも忘れられていた存在かもしれない。…悪いとは思うけれどもきっとそうだと思う。
けれども、彼の口調に言葉に声のトーン、全てに惹きつけられるのもまた事実。
強気に出るわけでもないのに、特に物凄い発言をしてる訳でもないのに、何故か知らないけれども一言一言に凄く重みがある。これをカリスマって言うんだろうか、なんて時折考えてしまう。
そんな根岸君がオロオロしながら二人の間に割って入った瞬間に、二人の餌食になっている。
可愛がられているって言うのが正しいのかもしれない。けれども、暫くすると大きな瞳に目一杯の涙を 溜めながら「ケンカするなら俺の前では止めてよ」っていっつも言ってる。
涙もろいのよ、彼。
性教育関連のビデオを見ただけでも顔を真っ赤に染めながら目を潤ませてみたりする。更に、その中でちょっとしたお涙頂戴シーンでも泣いてるもんだから、かなり涙もろいんだと思う。
だから泣いちゃう根岸君に弱い三上君と中西君は必死にフォローする。
女の涙以上の効果が見られる涙をお持ちの根岸君は罪な男だと思う。私だって一度目の前で泣かれたことがあって、凄くうろたえたことを覚えてる。
そうそう、涙もろいのもあるけど頼りないのも事実よね。頼りないの用途は色々あるけど、その全般が彼の修飾語になってるって感じかな。
確かに女の子以上に力はあるけれども、男の子以上に力が無くてちょっと重い荷物でも持てないみたい。
それを挙げはじめたらキリが無いから、止めておくけれどもどうも貧弱だと思う。
一体、なにを食べて生活してるのか分からない位に繊細でか弱い。
そこら辺の女の子より可愛いとも思えてくる。
三上君なんか告白されて困った時に「俺、根岸に惚れてんだよな」とか言って逃げてるのも見たことがある。中西君も「ネギ?ネギは好きだよ。なんていうか、あれが女だったらなぁってよっく思う」とか言ってるし。
あまつさえ渋沢君さえも「そうだな。サッカー部の華かもしれないな」とか言うし。
そう、認めるわよ。可愛らし過ぎるから困ってるわけよ。
私だって女だから好きな人くらい出来るわけだけれども、よりにもよって自分よりも可愛い人を好きになっちゃったから困ってんのよ。
でなきゃ、これ程までに彼一人のことを考えられる訳が無いでしょう?
「ねぇ、」
「え?なーに?」
「いつになったら言うんさ?俺さぁそんな調子じゃ、じれったくて俺から言っちゃうかも」
「それだけは止めて!」
中西君には私が根岸君のことを好きなのがバレてるようで、三上君の相手に疲れた時に限って私のところにやってくる。そしていつもこうやって急かして来る。
物には何事も順序ってものがあるってのを知らないの?とすら思えてくるけど、これは彼なりの根岸君への気遣いもあるんだと思う。
やっぱり自分が普段から気にかけてる親友を想う人が出てきたら世話だって焼きたくなるし、応援だってしたくなると思う。私も過去何度かそうやって応援とかしてきたこともあるし。
実は、高田君と彼の彼女の間を取り持ったのは私だったりする。
その時に中西君も巻き込んだから、こうやって話してられるだけで。あれが無ければ好きな人が悟られることもなかったし、会話すらすることも無かったと思う。
タイプが全然違うんだもん。
静かを好む私と騒がしいものを好む中西君とじゃ。
「だったら早く言ってよ。お願いだからさー。俺、ひやひやして毎日見てらんない」
「じゃあ見ないでもいいでしょ?」
「視界に入っちゃうからしーがないっしょー?」
「横暴…」
「そりゃどっちだってーのよ」
武蔵森サッカー部に美形が多いとは知ってはいたけれども、確かにそうなのかもしれないと改めて思う。だって、笑った中西君は本当に格好いい。
普段からお気楽極楽に、好き勝手やってる彼からは想像も出来ない笑みを零れさせるから。
私の好きな人が根岸君じゃなくて彼なら、もっと早く想いを伝えられたんだと思う。だって、この人行動早いし。早い分自分への危機感も高まるんでしょうけど。
「なんの話してるの?」
「お、ネギ。ちょっとな、の好きな奴の話ー」
「言わないって言ったくせに!」
「名前は言ってないから約束は破ってませーん」
「えぇえぇぇええぇ!?さん、好きな人居たの!?き、聞いてない!」
聞いてない!と叫びながら、ショックを受けた顔に涙まで溜めている。
あぁ、今にも泣きそう。
本当に泣き虫な人を好きになったものだと思う。
「言ってないもの…っていうか、大丈夫?」
「うぅ…お、お幸せに!」
そのまま根岸君は走って教室を出た行った。すれ違う様に三上君が教室に入ってくるなり、廊下をみて訝しげな表情をしているのが目に入る。
やっぱり彼も格好いいと思う。
中学生にしては身長が高いと思うし、スラリと伸びた足と均等の取れた体で目を奪うには十分。けれども、生憎私には一人しか目を奪ってくれる人がいない。
さっき飛び出していった泣き虫さんがまさにドンピシャ。
「なんだ?根岸の奴、なンか飛び出していったけど…」
「うーん、なんだろーねぇ。お幸せにーだって」
「…ふぅん。じゃ、」
突然名前を呼ばれて声を上ずらせてしまう。
「迎えに行って来いよ」
「な、何で命令形なのよ」
「ほっとけ。つか、お前だから迎えに行かないといけねーんだろ?」
「なんでよ…」
「そろそろ気付いてあげてもいーんじゃない?」
「そうだな、気付いてやれよ。根岸が好きな奴ぐらい」
「…それって…え?えぇ?じ、自意識過剰になっちゃってもいいの?」
「いーんじゃない?ねぇ、みっかみ」
「キモい発音で呼ぶな」
「なにおぅ!俺のこのビュティーボイスにケチ付けるたぁいい度胸してんじゃん!」
「どーこーがービューティーボイスだ!録音して自分の耳で聞いてみろってんだ!」
そしてまたケンカが始まる。
幾ら私が嬉しさで身を振るわせようとも、この二人の声で現実に引き戻される。日常が日常だけにもう見慣れてきたかもしれないけれども、やっぱり根岸君が必要な訳で。
呼んで来いといわれたし、この場には必要だし、どっか行っちゃったし。探さないといけないのは仕方が無いけれども、まぁそれが私の仕事ってことで喜んでお迎えに上がらせていただきますか。
この二人を止められるのは彼しかいないしね。さすが生まれつきのカリスマ。
そして何より、仲直りの後に見れる笑顔が楽しみで楽しみで仕方が無いんだけれども。
やっぱり、根岸君好きだなぁって思う今日この頃。
とりあえず自意識過剰ついでに、見つけ次第告白でもしてみようか…なんてね。
きっといい返事をくれるんだろうなぁと思うと、口許がにやけてきたのだった。
根岸は三上と中西と同じクラスだといいなあ。