ウイポプレイ日記



叔父が人生から引退したので突然牧場を相続することになった女子が競馬に目覚めたら
(ウイニングポスト6 2006年版をプレイ)

馬主情報
桜山菊花(サクラヤマ キッカ)桜花賞菊花賞から連想
遺産相続型
導入種牡馬はオリジナル牡馬のレイズアネイティブ系とダンテ系
名前はレイズベルガモットとシーリスケイネル
開始は早来
オリジナル騎手導入済→時雨亮(名前に深い意味はない)

※適当に思い出しながら書いているので、イベントが混ざっています。一部キャラも崩壊しています。
また、実名変換はしていません。ゲーム内で使用している名前のままにしています。
後、プレイ小説みたいになっています。重くなるならページ分けます。


2006年
1、牧場はじめました

叔父さんが人生から旅立った。
お嫁さんは馬というくらいに馬一筋だったせいか、家族はいなかった。だから旅立つ前に書かれた遺言書には私に牧場を託すと書かれていた。
就職もせず(正式には出来ず)ニート街道まっしぐらだったので、楽して稼げそうという理由から牧場を継ぐことにした。
これが恐ろしく大変な道のりだと夢にも思わなかった。

まず、牧場に着けば馬小屋と家だけがあった。聞けばその小屋には種牡馬(シュボバ)というレースを引退した後、繁殖をするだけのオス馬が二頭いるらしい。
しかもその二頭はたいした実積はないけど、零細(脈々と受け継いできた血が途絶えそう)だからという理由で種牡馬入りしただけという。
その僅か二頭と広大な牧場、そして莫大だけど維持費だけで消えていきそうな4億円を私は引き継いでしまった。
4億はとても高額だけど、空港に迎えに来た叔父さんの牧場で牧場長をやっていた宝塚菊夫(タカラヅカ キクオ)さんという胡散臭い関西弁を使う男性は、競争馬を育成するなら4億なんてすぐに消えてしまうと言う。
その4億だけを持って牧場を売ろうかと思ったけど、弁護士さんが言うには牧場とセットでないと貰えないらしい。つまるとこグリコのオマケなのだ。牧場は4億のオマケ。
両親からは働かないなら牧場で稼ぎなさいと半ば勘当されたので、今は帰る家はこの広いだけの牧場しかない。
顔を引きつらせていたら、似非関西弁…もとい宝塚菊夫さんが牧場の世話は自分がやるから、オーナーは指揮を執るだけでいいと言ってきた。指揮といっても何をすればいいのか分からないけど、渋々牧場のオマケを得るために首を縦に振った。

次の日やってきたのは私の秘書をしてくれるという天本恭子(アマモト キョウコ)ちゃん二十歳。
秘書を雇うお金なんて無いし、ただでさえ関西…宝塚菊夫さんという牧場長に払うお給料で目一杯だというのに…。
4億の中には人件費維持費エサ代まで入っているから、本当に露に消える…。
だというのに宝塚…菊夫さんは秘書がいた方がいいと言う。細かい作業は私には向かないだろうから、この子にやって貰った方がいいと言われた。
確かにお小遣い帳もロクに付けたことのない私が4億のことを延々と考えるのはしんどい…。
そう考えたら菊夫さんの言う通り、彼女を雇った方がいい。
こうして叔父さんから貰った牧場は三人+馬二頭と賑やかになった。

何もなく1週間が経過した時、吉野早来ファームという牧場を持つ馬主の吉野さんがやって来た。
菊夫さんが言うには競馬界最大の牧場で1、2を争う馬主さんらしい。
そんな人がわざわざ何を…と思ったら叔父さんが亡くなった後を心配して見に来たらしい。なんだ、鼻にかけてくるかと思ったらいい人じゃない。
私に叔父さんの分も頑張ってと激励をして帰っていった。それと入れ違いで何だかお淑やかで綺麗な女性がやってきた。菊夫さんとは知り合いみたいで、私にその女性を紹介してくれた。名前は佐伯玲子さんという人で馬主をしているらしい。
叔父さんとも知り合いで私が牧場を継いだということを聞いて来てくれたらしい。
いきなりの新情報なんだけど、叔父さんは亡くなる前に牧場を整理していたらしい。本当は誰にも引き継がせる気は無かったっぽい。それで今まであった施設を色々と取り壊したけど急に気が変わって種牡馬繁用施設だけは唯一残した。で、私にその白羽の矢が当たったんだけど。
佐伯さんは叔父さんが持っていた沢山の種牡馬の内、どれを残したのか見たいというので小屋に案内をした。
叔父さんの牧場は色々と名馬を排出する中堅の牧場だったらしい。叔父さんはこの牧場に私を一度も招待してくれたこともないし、そもそも牧場経営をしているなんて知らなかったから、それが聞けてちょっと嬉しい。菊夫さんもそれは知っているみたい。一度も言ってくれなかったことを言えば、引き継いですぐだから機じゃないと思っていたんだって。
叔父さんが残してくれたレイズベルガモットとシーリスケイネルを見せれば、何だか佐伯さんは納得したようで未知の可能性を秘めた馬を残したんですねと言われた。この馬たちの経歴は凄いものでもないから、一体何が可能性か分からないけど、叔父さんを知る佐伯さんが言うならそうなんだろう。
そして他に馬がいないということに気付いた佐伯さんから、来週に他の馬主さんたちのツテで馬を何頭が紹介してくれるらしい。
菊夫さんや恭子ちゃんはそれを有難いと言っていたけど、私は残された資金を考えて少し怖くなってしまった。でも何も無い状況じゃ何も始まらないから、佐伯さんの好意に甘えることにした。

翌週、佐伯さんが馬を何頭か連れてきてくれた。実物を見て決めた方がいいでしょうと言ってくれたので、わざわざうちの牧場まで来てくれようだ。
三歳馬と二歳馬を10頭ずつ見せてくれた。
馬の違いが良く分からない私は困り果てて菊夫さんを見れば、ある馬をジーっと眺めている。何だか凄く気に入った馬がいるみたいだ。
買うにも値段が分からないので、聞いてみれば手頃どころか破格の1200万前後らしい。
思わず顔をしかめてしまう。ニコニコと佐伯さんは色々な牧場や馬主さんのご好意でお安く譲っていただけましたよなんて言うけど、1200万であって1200円じゃない。
どうも一般人と馬主って感覚が違うようだ。
でも菊夫さんは食い入るように一頭の馬を見ながらこんな良い馬を破格でなんて言ってるんだから、きっと本当に破格なんだろう。
先週まで一般人だった私には分からない世界だ。ただ…これだけは言わせて。金銭感覚がぶっ飛んでる。
ちょっと金銭面のことを考えて一頭でいい…と断ったら秘書の恭子ちゃんと佐伯さんが駄目だと言うので渋々購入することに。
まず三歳馬にメジロライアン×トウホーケリーの牡馬、二歳馬にウイニングチケット×パイアンの牝馬を買った。
トウホーケリーの仔はこれがいいと菊夫さんが言ったからだけど、牝馬は目が合った瞬間に暴れだしたので何となく。
これで3億7400万だけど、運用回転をしていけってことなのね。まだ1300万で買えたのが救いだった…。
じゃあこれで…と佐伯さんと別れようとしたらまだ何かを連れてきた。今度は繁殖牝馬だという。種牡馬と同じくレースを引退したメス馬らしい。どれも同じに見えたから、何となくでヘルスウォールという牝馬を買うことにした。
いよいよ3億に近付いてしまった。人生初の高い買い物をしてしまった。
漸く馬を薦める佐伯さんから解放されて、馬三頭追加されて賑やかになった牧場を見、やっていけるか不安になった。
約一月も経てば馬の世話も慣れてきた。
先週買った三歳馬の男の子にはデュアルクロイツ、二歳馬の女の子にはサザンレインという、私の溢れんばかりの中二病英単語で名付けた。
でも長いからクロイツとレインって呼んでる。
因みにその二頭はもう関西にある厩舎で調教されている。そうそう調教師は芦口功一朗(アシグチ コウイチロウ)っていう人で、叔父さんとも懇意にしていたらしい。だから新参には厳しいらしいこの業界で、私の馬を笑顔で引き受けてくれた。
だって顔見知りじゃないと、あなたとは知り合いじゃないからって受け入れてくれないし…。
と、そんなことを思い出していると、目の前の青年は叔父さんの写真を見てまだグスグス泣いている。
彼がやって来たのはついさっき。調教師の芦口さんが牧場を見に来た時に一緒に連れてきた青年。
名前は時雨亮(シグレ リョウ)だったかな。叔父さんが存命の時に牧童(牧場にお手伝いに来てたらしい)としてうちの牧場に来ていたらしい。
叔父さんが育てていた馬で一番気に入っていた馬に名前を付けて可愛がっていたらしいけど、残念なことにその馬も叔父さんももういない。それを初めて知ったらしく、崩れるように泣き出しちゃってとりあえずハンカチを渡してあげた。
更に部屋にあった叔父さんの写真を見てもう一泣き。
芦口さんは彼の気持ちが分からないでも無いからって背中を擦ってあげている。私はただハンカチを差し出すだけの簡単なお仕事をしただけだった。
恭子ちゃんがお茶を出して、菊夫さんが挨拶にやって来て、漸く彼は落ち着いた。目を真っ赤にさせながら、恥ずかしそうに頬を赤らめている。
ハンカチは洗ってから返しますというけど、元々はこの家にあった(多分)叔父さんのハンカチだから、彼にそれを告げて返さなくていいと言っておいた。よっぽど叔父さんに可愛がられていたみたいで、彼の涙で濡れてシワシワになったハンカチを大切そうにして、頂きますと嬉しそうにしていた。
にしても彼は一体誰なんだろう。叔父さんと知り合いで牧場に来るくらいなら、私の親戚とか?そんなことを思っていたら、芦口さんは空気もしっかり読めるみたいで、名前しか聞いていない彼の紹介を始めた。
時雨亮くんは競馬の騎手らしい。今年騎手育成の学校を卒業した19歳で、同期生の中でも将来を有望視されている若手とのこと。
ずっとハンカチを握りしめていた彼は身を乗り出すように私の方を見て、先行馬の騎乗には少し自信がありますと力の限り叫ぶように言った。そして、だから私の馬に乗せて下さいと手を握られてしまった。
こういうキャラなのか…と思いながら、うちのクロイツの騎乗を約束しておいた。多分彼ならクロイツを乗りこなして、大きなレースに勝ってくれそうな気がしたから。
そうして彼と芦口さんは帰っていった。


2、その存在感

2月の頭に後2ヶ月もすれば仔馬が産まれるから、ヘルスウォールには気を遣って欲しいと菊夫さんに言われた通り、一日中ぼんやりと彼女を遠くから見守る仕事に従事していた。
というよりも仕事が無いのだ。
うちの馬たちがレースに出るわけでもなく、牧場で草をむしゃむしゃしている三頭が何かするわけでもなく、リアルスローライフになっていた。
恭子ちゃんには牧場の経理を任せているし、菊夫さんは馬の体調管理やお世話をやっているから、私が出来ることはヘルスウォールを眺めながらノートパソコンでぼんやりとコースポを見ているだけ。
コースポは競馬新聞のネット版で、直近のレース模様や誰それが通算何勝目とか、種牡馬が父になった馬が稼いだ賞金でランク付けされていたり、過去の一年間で一番勝利した数のレコードが掲載されていたり、ただの情報サイトなんだけどね。
うちの馬も掲載されたらいいなあ…とぼんやり考えていたら、恭子ちゃんが慌てながら走って来た。
どうしたのかと聞けば、お客さんが来ているという。近くにいた菊夫さんに牧場を移動する時のトラクターみたいなものに乗せて貰って家に行った。
この中で待っているという恭子ちゃんに押されて、客間に入れば何と言うか強烈な存在感のある人が優雅にお茶を飲んでいた。
ただし、そのお茶は口に合わないらしく顔をしかめていたけど。(でも飲むんだ…)
とりあえず、遅くなったことを詫びて部屋に入ればその人はいきなり立ち上がり、名刺を投げつけてきた。漫画なら床にサクッと刺さったり、二本指でパシッと受け取ったりするけど、大変残念なことにヘロヘロっと空中を蛇行してテーブルの上に落ちた。
別に気を遣わなくても良さそうな気はしたけど、出来るだけ素早く拾い上げて、あたかも漫画のように受け取った素振りを見せた。
一瞬は気まずかったけど、その名刺の人はふんぞりがえりながら、僕はあの鳳一族だとか何とかと言い出した。とりあえず、面倒臭そうなのが来たということだけは分かった。
何か口上のようなものを言っているので、軽く聞き流しながら名刺を見れば財閥の代表取締役をしているらしい。その傍らに鳳凰ファームという牧場を経営しながら馬主をしているみたい。名前は鳳雅輝(オオトリ マサキ)さんというらしい。
どうでもいいけど、鳳さんから変な音楽が聞こえる気がする。BGMというか…きっと気のせいだろうけど。
何だか長々と喋っているので要約すると、新参なのに僕に挨拶に来ないとは誠に遺憾である。甚だ遺憾である。と、遺憾の意を唱えていた。
どうやらこの人は私が牧場を引き継いだ後に挨拶に行かなかったから、わざわざやって来たらしい。
そもそも私に知り合いもいないし、牧場を引き継いだ時の手続きは全部弁護士さんがやってくれたし、挨拶とかそういうものは菊夫さんと一緒に近所の牧場とレース関係者くらいにしかしていないし…。こういうのって馬主さんにも一軒一軒回っていかなきゃいけないものなの?菊夫さんは特にそんなこと言ってなかったんだけどなあ…。
鳳さんは私が全然話を聞いていないことに気付いてしまったらしく、指を突き付けながらレース場で会ったら覚えているようにといかにも小物臭い台詞を残して去っていった。
そして彼が座っていた椅子の足元には紙袋とその中に入っていた包み紙の紅白蝶結び熨斗には「開業御祝」と書かれてあった。
なんだ、ただのツンデレか。
恭子ちゃんを呼んで、内祝いで鳳さんに何か返しておいて貰うようにお願いしておいた。
因みに鳳さんの持ってきた御祝いのお菓子はとても美味しかった。

そろそろ走れますよ、と芦口さんから連絡を貰ったのは2月中旬だった。
正確には3月3週目に阪神競馬で行われる第5レースの新馬戦に出走予定とのこと。
ヘルスウォールだけを見て過ごす生活にもそろそろ終止符が打たれる。そもそも、この牧場を叔父さんから継いでからこれといって何もしていない。
でも菊夫さんが言うには冬はそんなもんらしい。確かに大きなレースはコースポを見ていても無かったなあ…。それを聞けば、少し遠い目をしてテンポイントという馬がいて…と語り始めたので、たまたま傍にいて草をはみはみしている種牡馬のレイズベルガモットを菊夫さんの傍に呼んで立ち去った。
どうも菊夫さんはテンポイントという馬に物凄く愛着を持っているようだ。
暫く牧場をウロウロしていると恭子ちゃんがやって来て、この間の鳳さんのお返しのお礼の電話があったと教えてくれた。どうも、勘違いはしないで貰おう何も言わないのは気分が悪いからだと捲くし立てて一方的に電話を切られたらしい。
やっぱり鳳さんはただのツンデレだ。
そうしている内に、まさか鳳さんがまたも襲来することになるとは夢にも思っていなかった。

少し寝坊してしまったと思いながら、いつも通りパジャマのままで1階に降りればそこには鳳さんがいた。
しかも玄関口で腕を組んで仁王立ちだ。思いっきり目が合えば、それはもう絵に描いたように顔をしかめられた。
どういう過程で我が家の玄関に入ってきたのか、今日は恭子ちゃんは遅番で昼からの出勤のはず。まさか菊夫さんが…とは思ったけど、菊夫さんがうちに入ってくることは早々無い。何でも妙齢の女子が一人暮らしをしている家に入るなんて親御さんに申し訳が無いからだそうだけど、菊夫さんの考えはちょっと古いと思う。そもそも菊夫さんとは間違いは絶対に起きない。システム的に。
鳳さんには申し訳ないけど、どうやって入ってきたのかと尋ねれば玄関の鍵が開いていたという。
そしてわざわざ見張りをしてあげていたのだと言うのだけれど、ツンデレの言葉をそのまま捉えてはいけない。要するに鍵が開いていて心配をしたけれど流石に無断で入っては行けなかったということだろう。
とりあえず感謝をして客間に通し、前回とは違うお茶を出せば今回は何も言わなかった。
何となくまた来るであろう鳳さんを思って買っておいただけはある。まあそれでも安物には変わりないけれど。服を着替えるので暫く待って頂けますかと聞けば、少しだけなら待つと顔を逸らしながら言われた。本当にツンデレなんだから。
服を着替え客間に行って用件を聞けば鳳さんの馬が重賞を勝利したとのこと。つまるところ自慢に来たのだ。前回の襲来からそんなに日を空けずにやって来てこの自慢。鳳さんが経営している会社は大丈夫なんだろうか。私がどこかへ行くのは毎日時間を持て余しているから問題は無いけど、鳳さんみたいな人がこんな所まで来て自慢だなんて。
自分の牧場で生産したホウオウファルコンが重賞を制覇してこれでそこそこの馬主の仲間入りでどうのこうのと言っている。うちの馬はまだ走ってすらないからそれの何が凄いのかイマイチ分からないけど、仕方が無いから最後まで聞いてお引取り頂いた。
そして今回もお菓子を忘れて行った。素直に渡してくれればいいのにと思うけど、鳳さんには出来ない技なんだろう。少し時間を空けてからまたお礼をしておかないとな…と思った。
それから鳳さんんとはお菓子を贈り贈られという奇妙な関係を築くことになるんだけれど、これはまだ序章だったのだ。


3、初出走と熱血騎手

芦口さんからクロイツが来週出走予定ですという連絡を貰ったので、流石に当日は現地へ行かなければと思い恭子ちゃんに頼んで兵庫への飛行機のチケットを3枚予約した。神戸はホームグラウンドだという菊夫さんに後は連れて行って貰うばかりだ。
本当なら菊夫さんは留守番の予定だったんだけど、折角の初出走だから一緒に見て貰いたいと思って無理を言った。そうすると牧場は空っぽになるんだけど、そこは菊夫さんが吉野早来ファームで牧夫をしていたツテでそこで預かって貰えることになった。
ヘルスウォールの出産が近いから、レースを見たらすぐにトンボ帰りすることになってるんだけどね。
そうそう、出走予定の連絡を貰った時にクロイツの調子を聞けば上向きだそうで、当日には完全に整っているだろうとのこと。この時、私の初めての競馬でもあって、馬主としての本当のスタートに立つんだから、初勝利で飾りたいと甘い考えを持っていた。
とりあえず芦口さんには主戦は時雨くんでお願いしますと頼んでおけば、笑いながら本人からもたっての希望ですからと返ってきた。そうか、元々叔父さんの馬に乗る騎手になりたかったんだし、叔父さんの馬じゃなくてもここは彼にとって叔父さんの牧場だもんね。
やっぱり初出走は黒星で飾りたい。私がどうこう出来る訳でもなくクロイツと時雨くんに頑張って貰うしかないんだけど。

3月3週目。とうとうこの日がやってきた。
阪神競馬場は朝も早いのにそこそこ賑わっていた。どうやら今日はGIIの報知杯フィリーズレビューという牝馬のレースがあるらしい。これが皮切りになって牝馬の大きなレースに繋がっていくそうだ。でも今の時間はまだそんなに人がいないとのことで、実際のレース前になったらもっと人が多くなるらしい。
うちのクロイツは第5レースだ。12時10分が発走予定時刻なので、9時30分頃に競馬場に到着した。
今は丁度第1レースが発走したばかりで、パドックには第3レースの馬がいた。
勝手知ったる菊夫さんに案内されながら、馬主席というところに案内して貰った。ここには馬主とその関係者しか入れないらしく、所謂競馬をする人からしたら夢の世界なんだそうだ。
知らない人ばかりがいる中に鳳さんを見付けた。でも他の馬主さんと話をしているらしく、わざわざ絡みに行くような関係でも無いからそのまま無視をしておくことにした。帰り際には挨拶くらいはしておこうとは思うけど。
馬主席からはレース模様が良く見える。クロイツもあの芝の上を走ると思うと、ちょっと緊張してきた。
2分前後で終わってしまう1レースを食い入るように見ていたら、恭子ちゃんから声がかかった。どうやらもうそろそろクロイツがパドック入りをするらしい。
そこで私は久し振りにクロイツを見た。黒めの毛色は他の栗色の馬よりもツヤツヤしていて、馬の良し悪しがイマイチ分からない私でも今日は凄く調子が良さそうだと思った。
馬券では今の時点では単勝オッズが2.7倍だそうで2番人気だ。
結構人気があるみたい。クロイツの調子も良さそうだし、きっとそれを見て馬券を買ってくれたんだろう。後、恭子ちゃんが補足してくれたけど、父(サイアーライン)や母(ファミリーライン)や母の父(ブルードメサイアー)を見て決めたりするんだって。
人間でも馬でも血筋って大切なのね…。
菊夫さんが私の肩に手を置き、今日は絶対に勝ってウイナーズサークルへ行きましょうと言ったので、クロイツを見ながら頷いた。
ウイナーズサークルっていうのはレースに勝利した馬と騎手やその馬主、調教師、関係者がインタビューを受けたり記念撮影をしたりするところで、勝たないと絶対に入れない。今日は菊夫さんもいるし、絶対に勝って皆で記念撮影をしたい。
クロイツ頑張って…!

先週のテンションのままヘルスウォールを遠くから見守る仕事に戻っていた。
結果論から言って、メイクデビュー戦(新馬戦をメイクデビューって言うのが常)で、2着に3馬身もの差を付けて快勝してしまった。クロイツは元気が有り余っていたらしい。
ウイナーズサークルでは芦口さんからクロイツは大物になると言われ、時雨くんは初勝利だったらしく感動していた。そして私にとっても初勝利でこんなに良いことはない。
今朝チェックしたコースポにだってクロイツは重賞を見据える器とさえ書かれてあって、同日にデビューした馬の中でも一番期待されているようだった。
渡辺さんから買った時は3000万とか高額だと思っていたけど、これはもしかしたら…と思ってしまう。ただのメイクデビュー戦で勝ったくらいで気が早いとは思うけど、あの気持ちいい快勝っぷりは将来を期待出来るんじゃないだろうか。
もうそろそろ出産だというのにヘルスウォールはのんびりと草を食んでいる。早くても来週、遅くても半月以内には産まれるだろうって菊夫さんが言っていた。元気に産まれて欲しいなあ…。馬も人間も出産には立ち合ったことが無いから、凄くドキドキする。
コースポを眺めながら馬を見守っていたら、遠くから手を振りながら歩いてくる人影が見えた。あのやや小柄な人は…時雨くんだ。騎手って皆小さいから、時雨くんも私よりは大きいけど菊夫さんよりは小さい。(菊夫さんは180cm近い人だから余計なんだけど)
シーズンに入ったばかりなのにどうしたんだろう。
私が手を振り返したら走ってこっちにやって来た。時雨くんって(なんとなくだけど)犬属性よね。
風に遊ばれて髪が逆立っているのを彼は直しながら、何だか恥ずかしそうにしている。そして、頭を思いっきり下げてありがとうございましたと大声で言う。ヘルスウォールが耳をこちらに動かしながら、変わらずに草を食んでいる。
何かしただろうかと思っていれば、前に私がクロイツの鞍上にお願いしたこととクロイツが初勝利を挙げさせてくれたこととか色々のお礼らしい。確かに乗りたがっていたし、叔父さんと約束もしていたみたいだから無下にするのも嫌だったし、何より唯一知っている騎手だったから安心して任せられた。
私もクロイツを優勝に導いてくれたお礼をしていなかったから頭を下げれば、時雨くんは大慌てしていた。
それを見ながら、これからのクロイツの騎乗を時雨くんにして貰えるようにお願いすれば、彼は私に見せたことのないキリッとした表情をして、必ず大レースで優勝をしてみせますと声を張り上げて言った。 とりあえず、彼は声が大きいのが問題だと思った。


4、出産

出産が近いからと牧場…というか馬小屋に菊夫さんが寝泊まりを始めたのはつい3日前のことだ。そこまでやらなくてもとは思ったけど、ネットで調べてみたところ馬の出産は15%くらいの確率で死産をしてしまうらしい。
これなら菊夫さんの行動も頷ける。私も小屋にいると言えば、お嬢さんにそんなことはさせられないとキッパリと否定されたので、ヘルスウォールが出産間近になったら電話を鳴らすだけでいいからと連絡をお願いしている。
ちょっと前から思ってたけど、菊夫さんはやたら過保護だと思う。
そんなことを毎晩思いながら、右手に携帯を握って眠っていたら、とうとう鳴ったのだ。慌ててパジャマのまま小屋まで走って行けば、菊夫さんがヘルスウォールの出産を手伝っていた。
私に出来ることは何もないから、小屋の外で母子共に健康でいてくれるのを祈るだけだ。
それからどれくらい経っただろうか。暗かった空は白み始め、少し離れたところにあるレイズベルガモットやシーリスケイネルが小屋から顔を出している。何となく分かるのかな、ヘルスウォールのこと。シーリスケイネルなんて普段は私のことを無視するし小屋から顔を出したことさえ無いのに、今日に限っては落ち着きなくこっちを見てる。
伝わらないかもしれないけど菊夫さんがいるから大丈夫だよと2頭に言えば、レイズベルガモットはいななき、シーリスケイネルはまた小屋に戻った。あれ?意外と伝わったのかな。でもシーリスケイネルは中は見えないのにチラチラとヘルスウォールの方を見ている。なんだ、ツンデレなのか。
それから半時間は経過したと思う。菊夫さんが小屋から出てきた。早く早くと私を手招きするので走って行けば、立ち上がろうと必死になっている仔馬がいた。良かった!ヘルスウォールも仔馬も無事だ!
この仔馬は何て呼べばいいかと聞かれたのでマロンと付けた。またメルヘンな名前だと苦笑する菊夫さんに、羊水で濡れてて今はまだ分からないけどきっとヘルスウォールと同じ栗色に違いないからと言った。
この仔は叔父さんから継いだ牧場で初めての生産馬となった。
走れなくてもただ元気で健康に育って欲しい。
そう思うだけだった。私はまだ競争馬を育てるという大変さを知らなかった。そして結果を出せなかった引退後の馬のことも。

恭子ちゃんが出勤してきた頃にはヘルスウォールの仔マロン(対外的にはヘルスウォール2006という名前)が立ち上がり、授乳もすんなりと出来ていた。
ヘルスウォールはこれが初めての出産だけど、また早々に排卵期に合わせて来月種付けをすることになっている。次はこの牧場の叔父さんが残してくれたレイズベルガモットかシーリスケイネルと種付けをしたいと思ってる。
出来れば2頭共の仔を残してあげたい。
恭子ちゃんにそんな話をしたら、うちの牧場にいる種牡馬は零細血統だから日本から血が途絶える前に残すべきですと言われてしまった。脈々と継がれた血も途絶えたらそこまでで、過去に幾ら優秀であっても受け継ぐことは出来ないから、この2頭は真っ先に保護して下さいと力一杯に説明された。
インブリードとかアウトブリードとかニックスがどうとか言い出したので、慌てて話を逸らしてマロンを見に行こうと誘った。眠たくなりそうな横文字を羅列されても一度には覚えきれない…。それよりも恭子ちゃんは想像より馬に詳しいみたいだ。
面倒そうな話題を何とか回避して一緒にヘルスウォールの所に行けば、菊夫さんが何かの図面を見ながら難しそうな顔をしていた。
どうしたのか聞けば、そろそろトラックコースが欲しいと言う。今はまだいいけど、入厩前にある程度馬を訓練させる環境があればスムーズに調教師さんに引き渡せるかららしい。
それがあれば便利だとは思うけど、きっと億単位のお金が動きそうだ。
案の定、建設に1億だと言われた。本当に何をするにも金銭感覚がぶっ飛んでる。100円200円単位の話で1億2億と言うのだから参る。それにうちの稼ぎ頭のクロイツはまだ1勝、レインに至っては走ってさえいない。何だかんだと費用がかかって既に3億を切った牧場の経営状態で1億も出すのは厳しい。
でもスムーズに引き渡し出来た方が調教もしやすいと思う。今はまだ芦口さんしか調教師さんの知り合いはいないけど、多分マロンも芦口さんにお願いすると思うから負担を少しでも減らせるなら…。そして少しでも走りを覚えてくれるなら…。
私は恭子ちゃんの方を向き、1億でトラックコースの工事の依頼をした。経理だからうちの財務事情を良く知っている恭子ちゃんは一瞬黙ったけど、手配をしてくれると言う。
後この牧場には1億5000万程しか残っていない。
何とか年末までには立て直さなきゃ…。今だから思うけど叔父さんの牧場だから手放したくないし、うちの馬たちが不幸せにならないように私が頑張らなきゃ…!

メイクデビューで快勝したクロイツは4月3週目の500万下のはなみずき賞というレースに出るので、芦口さんに任せっきりで調教してもらっている。
レースを組むのもアドバイスを貰いつつ言われるまま一存してるけど、この春の大きなレースにクロイツが出ても勝つのは難しいと言われた。それは私も無理なんじゃないかとは思ってる。最近のコースポにはメイクデビューをいきなりGIII制覇で飾ったサードステージが取り上げられている。更に今のところ無敗で、サードステージ陣営は名前のあるレース(菊花賞とか皐月賞とか)にしか出さないとか豪語してる。
クロイツとサードステージは同じ年齢だから、大きなレースとなると嫌でもかち合う。何もクロイツが勝てないって言ってるわけじゃなくて、流石にクロイツはまだレース経験も少ないし若すぎると思う。
でも出してみたいというのも本音。クロイツは私の馬だから、サードステージにだって負けないと思う。
それはただの欲目だけど、何だかクロイツは大きなレースを簡単に勝ってしまいそうな気がしてる。
相変わらずサードステージの記事ばかりのコースポを見るのを止めて、いつも腰かけている柵からジャンプして降りた時に渡辺さんが牧場でキョロキョロしているのを見付けた。
渡辺さんは吉野早来ファームの牧場長で前のレースの時とか、吉野さん経由で何かとお世話になっている人だけど今日はどうしたんだろうか。
あちらも私を見付けたみたいで、こっちに近寄りながら話しかけられた。どうもヘルスウォールの仔(マロン)が生まれたのを聞いて来てくれたようだ。
とりあえずマロンがいる小屋に案内をしていると、渡辺さんは自分の牧場にも仔馬が続々と誕生して気を休められないと楽しそうに話している。菊夫さんもそうだったけど、渡辺さんも馬が大好きなんだなあ…。大変なのに楽しそうに出来るなんて凄い。私だったらそんな表情出来ない。
渡辺さんを尊敬しながらマロンを見せれば、自分の牧場で育てていたヘルスウォールの仔が見れて良かった満足そうにする。大切に育ててくださいと言われたので、私は大きく頷く。
うちの牧場に来たのはマロンを見るためだけだったようで、すぐに帰っていった。ただ帰り際に大切に出来ないことは悲しいことですから、と含みのある言葉を残していった。
どういうことだろうか…。


5、頭角

クロイツが出走した4月3週目のはなみずき賞は1番人気の1着、5月2週目のプリシンパルステークスでは3番人気の1着。
私が何を言いたいか分かるはず。クロイツは3戦共に全部快勝をしてくれている。まるで、うちの牧場の危機を分かってくれたかのような勝ちっぷりには感動さえ覚える。
このまま行けばもっともっと大きなレースだっていけるんじゃない?そう思って、芦口さんに無理だと言われていた大きなレースへの出走登録をすると伝えた。案の定、少し戸惑ったような感じだったけれど、今までの快勝とクロイツの可能性に賭けてそれまでには調子を整えますと約束してくれた。
そして時雨くんにも電話をした。時雨くんが騎手デビューしてまだ数ヶ月だというのに、いきなり大きなレースを任せるんだから、彼の意向も聞いておきたかった。無理だと言うなら、このレースは他の人に乗って貰うつもりでいたから。だけど、やっぱりというか大体答えは予想していたけど、是非乗せて下さいと受話音量が最小にも関わらず外に漏れるような大声で言われた。
とりあえず、彼の声は大きすぎる。今度からもう少し受話器を離して電話しよう。
過去、10台で大きなレースに買ったのは武豊さんと江田照夫さんという騎手だけだ。時雨くんがその仲間入り出来るかは分からないし、このレースでクロイツは大敗するかもしれない。
でも、私は菊夫さんが食い入るように見ていたクロイツに期待している。クロイツならきっとやれる。大きなレースに絶対に勝ってくれるって。
ずっとフラグを立てるような発言をしてるけど、フラグは立てるものでしょ。だから、敢えて立ててるのよ。
クロイツは大きなレースで勝てるって。
私が出走登録したのは5月5週目の日本ダービー。既に登録予定のサードステージがいるのが怖いけど、打倒サードステージ!ということで。

ポカポカと暖かくなってきた5月のある日、菊夫さんがそろそろヘルスウォールの種付けの季節だと言ってきた。私にとって初めての種付けでどうすればいいのか聞くと、どの牡馬で種を付けたいか言うだけで、後は全て菊夫さんが手筈を整えてくれるらしい。
ちょっと顔を逸らしながら、若いお嬢さんには見せられないとか何とか言ってたけど、自然の摂理だから何とも思わないんだけど。菊夫さんはやっぱりどこか古いと思う。
とりあえず、ヘルスウォールの種付けはレイズベルガモットかシーリスケイネルでいきたい…と思ってたんだけど、どうも相性と言うか菊夫さん曰く爆発力が無いらしい。うちの馬じゃないけどスウェプトオーヴァーボードという馬がそこそこ良さそうだと言われたので、今年はヘルスウォールにはその馬を付けることにした。
レイズベルガモットとシーリスケイネルは来年までのお預けになったけど、周囲の牧場ではそこそこ評判が良くてそれぞれに10頭ずつ種付けの依頼が来た。それで少しだけ牧場が潤った。
恭子ちゃんは絶対にうちの馬と付けてくれると思ったのにと少し憤慨気味だったけど、爆発力が薄いらしいと言えば納得して引いていった。爆発爆発って一体何のことなんだろうか…。
そして締めに牝馬セールでもう一頭くらい買いましょうねと言われてしまった。
それはうちの経済圧迫になりませんかね…!


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