はああああ…。
 オレは丼の底よりも深い溜息を吐いた。
 だって仕方が無いだろ!普通に生活してるだけなのに借金は増えていくばかりなんだから。
 それもこれも、この身分が悪い。オレが悪いって言ったら悪いんだ!
 このドミノ国の中でも六分の一くらいの領土を治めていたオレの家。世間的にそれを貴族っつーんだけどさ、まあそんな高貴でヤンゴトナキ生まれのオレは何不自由なく育つ予定だった。
 それこそ、フォークより重いものを持ったことが無いとか言えるくらいには。
 だけど、そんなのも塵と同じレベルで一日にして崩壊した。言ってしまえば、馬鹿で酒が好きで領土を治める気なんか無かった馬鹿親父が、村人の一斉蜂起で処刑されたからだ。次の日には家から追い出されていた。
 母さんなんて妹を連れて実家に帰り、オレは捨てられたも同然だった。(そン時のオレはちょっとワケありでさ。そこらの記憶まるっと無いんだよなー)
 だけど世の中よく言ったもので、捨てる神あれば拾う神ありとかでオレは平民の老夫婦に引き取られた。子どももいなかったらしいから、オレみたいな手のかかるガキでも家にいるだけで嬉しかったらしい。
 五年ぐらい面倒を見てもらってたけど、その二人とは死別しちまった。馬鹿親父より親として叱ってくれたり大切にしてくれたり、働くっつーことも教えてくれた。貴族としてぬくぬくと育つよりは、よっぽど良かったと今では思うぜ。
 それはともかく、死別して暫くなンも手が付かなかった時、どこからか一夜にして滅びた貴族の話を聞きつけた男がオレに会いに来た。

『カツヤボーイ!ユーは私の学院に来るといいデース。ユーも知ってるでしょう、ドミノ魔法学院デース』

 と、突然そう言われて誘拐よろしくに、オレは初めて元オレの領土から出た。
 今考えれば、なんでオレなんかを魔法学院に通わせてくれたのか…ちょっと想像がつく。

「……魔法が全然使えないなんて思わなかったんだろ…」

 そんでもって王族とは遠い親戚関係にあって、没落貴族とはいえ申し分ない肩書きがあったからだ。絶対。
 オレの家を詳しく言うと、王家の分家…親戚で代々優秀な魔法使い(メイジ)を排出する貴族の中でも上位にいる家系だった。
 『貴族は魔法をもってしてその精神となす』というのを地でいく、メイジ一家だったのだ。
 最後の当主でもあった馬鹿親父も例に漏れず優秀なメイジで、昔からオレの家を守ると言われていた真紅眼の黒龍を使い魔として従わせていた。
 真紅眼の黒龍といえば、魔法の歴史の教科書の最初に名前が載るくらいに有名で強力な力を持っている。世界の創生時代から暗黒時代の間に誕生した伝説の龍だ。そんなすげーのを従えさせられれば、一流どころかそんなものも超越したメイジとして認められる。
 例え、メイジのレベルがドット(一つの属性しか使えない初歩クラスのことな)であっても、真紅眼の黒龍という存在がいれば二系統を足せるラインや三系統を足せるトライアングルなんて目じゃない。それこそ、錬金でゴールドさえも作れてしまうスクウェア(四系統も足せるすげーやつ)クラスだ。
 そんな凄い真紅眼の黒龍を代々従えさせていたオレの家系は、名前を言うだけでも「あの真紅眼の一族」と言われたもんだ。(どうも真紅眼とは相性がいいみたいで、代々召喚に成功してるんだよな)
 この話はとある筋では結構有名で、それを知ったミスタ・クロフォードは学費無料で貴族しか通えない魔法学院に特例で招いたんだろ。
 あの真紅眼の一族なら、優秀なメイジとして魔法学院のイメージを優秀なものに変えるんじゃねぇかってな。(良くも悪くも話題性が欲しかったに違いねえ)
 だけど蓋を開けりゃ、あの結果だ。
 平民はその然るべき教育とやらを受けないから使えないだけで、ほんとは誰だって(ってわけでもないけど…)素質があれば使える。実際に教育を受けても、オレは見事に駄目だっただけで。
 魔法を全く使えず、杖を通して出せるものは花火とか謎の爆発とかそんなもの。人に与えるダメージも半端ないけど、使ってるこっちにも相応のダメージなんだから、全然使えねえ。
 さて、話を戻してなんでオレが溜息を吐くに至ったかというと、原因は借金なんだがその額がとんでもないからだ。
 さっきの話の通り、オレは魔法が使えない。実践授業なんかをすると、なんでもかんでも爆発させてしまう。すると周囲のものが壊れるだろ?
 最初はミスタ・クロフォードも笑って済ませてくれてたんだけど、余りにも頻繁で破壊力があるせいで色々な備品を壊してしまう。誰が修理するんだっつったら、ミスタ・クロフォードっていうか学院じゃん。
 言ってしまえば金だ、カネ。
 壊すたびに新しくしていては金がなくなる。だから、ミスタ・クロフォードはオレを学院長室に呼び出してこう言ったのだ。

「カツヤボーイが壊した備品は出世払いということにしてあげマース。ユーが悪いわけではありまセーン。ですが、さすがに私も見過ごせまセーン…」

 一生懸命、立派なメイジになって返せと言われた。
 だったら辞めさせればいいと思うけど、まだ使い魔さえも呼んでいないオレにどこか期待してるんだろ。
 真紅眼の黒龍はそれだけの価値がある。オレだって、真紅龍を呼び出せて儲かる仕事に就ければ(それこそ王宮とか!)オレを育ててくれた人の墓も作ってやれるし。
 オレもミスタも期待をしていたんだ。
 …そう、あの瞬間までは。


凡骨の使い魔


 春の風が心地よいはずなのに、それさえも何だか奇妙な焦燥感に変換されてしまう。
 広場にぽつぽつと人が集まり始める。
 今日はとうとうやってきてしまった、神聖(らしい)な春の使い魔召還の日だからだ。

「よォ。カツヤ」
「バクラ…」

 がちがちに固まっているオレに緊張感のない声をかけたのは、悪友(?)のバクラだった。
 白い髪に決して良いとはいえない人相をしながら、結構面倒見の良いこいつがオレは気に入っていた。ただ…使う魔法が怪しい上に気持ち悪いからそういう面は気に入らないけど。

「『サモン・サーヴァント』で、真紅眼が呼び出せそーか?」

 どこか人を馬鹿にしたような笑い方と喋り方をするくせに、今日は妙に普通染みてた。まあ一生を共にする使い魔を決める日なんだから当然か…。
 バクラはオレよりも少しばかり高い身長を屈めて、眼を合わせてきた。
 人を寄せ付けないくせに、自分のテリトリーに入れた奴には滅法甘い。こんな具合でさ。

「…呼び出す。でねーと…オレっ…おれっ…」
「あ?」
「借金地獄だけは勘弁!」
「………そんなこったろーと思ったけどよ…」

 ガクリと項垂れ「まあ頑張ンな」と声をかけて、バクラはオレの前から消えた。そう、消えた。
 あいつの二つ名(メイジなら誰でも付けられる。それが一種のステータス)は盗賊のバクラ。まるでバクラが盗賊みたいだけど、そうじゃなくて…その突然いなくなったり気配を消すことから、そういう二つ名がついてる。本当の二つ名ってのは風雷の〜とか火炎の〜とか、使う系統とか魔法を指して言うんだけど、オレの知ってるやつはまともにそういうのが付いてない…。
 それはともかく、バクラがいなくなった途端に今度はマリクちゃんがやってくる。
 あ、マリクちゃんってのはオレの単なる嫌がらせだから。マリクとオレはいわゆる喧嘩相手っていうか。
 今のマリクはどうもイカれてる方らしい。二重人格のせいか、どうも調子が合わせ難い。見た目じゃどっちか分かんねえし。

「よぉ、凡骨のジョーノォ」
「ぼッ…凡骨って言うなよ!」

 わざわざオレの前にやってきて挑発してくるんだから、よっぽど暇なんだろうか…と思いながらそれに乗ってしまう…!
 でも、今のはマリクが悪い。オレの一番言われたくねえ言葉を言いやがったからな!
 普段のマリクなら絶対言わないのに!なんで今のお前はそういうこと言うかッ!

「墓守のマリクとか言われてるくせに、オレをブジョクすンのかよ!」
「いい、いいねえ!ブジョク、侮辱!最高だなぁ?テメェの口から、そんな言葉を聞けるなんてなぁ…!」
「くそ…!」

 墓守程度じゃ駄目だったみたいだ。(家系が王族の何か?を守る家柄ってだけだしな…)
 オレはその二つ名を呼ばれるのが嫌なのに…。不名誉な二つ名である凡骨のカツヤは、オレが魔法を全く使えませんってことを言われてる。取り立てて何が出来るわけでもないし、いっそ平民って言われたほうがよっぽど幸せだ。
 オレが認めたわけじゃないのに、周りはオレのことをそう思ってるから、そういう二つ名が付けられてしまった。
 メイジでもなんでもないってことを言われてるのは悔しい。
 だから、この『サモン・サーヴァント』で真赤眼の黒龍を呼び出して、もう凡骨なんて呼べないようにしてやるんだからな!
 これ以上マリクに関わっていてもどうしようもないから、無視を決め込んでその場から離れた。

「ああ?もう止めんのかよォ?面白くねぇ…」

 マリクはふいっと長いマントを翻して、どこかへ行ってしまった。
 それから暫くして、ミス・イシュタールがやってきた。いつものように首には金色の首飾りを付けている。なんか、あれが墓守一家の守ってるものの一つらしい。(そんなんを着けてていいのか?)
 ちなみに、マリクちゃんとミス・イシュタールは姉弟だったりする。
 ミス・イシュタールが現れれば、今日の儀式に参加するやつらが集まっていく。
 オレもそこに近付けば、気付いた時には左右にバクラとマリクがいた。なんだかんだ言っても、わりと三人で行動することが多いからか、この状態はいつものことだ。

「みなさん、今日は春の使い魔召還の日です。一生を共にする使い魔を決める重要な日ですので、後悔のないよう頑張ってください」

 では、はじめに…ミスタ・ディアバウンド。とミス・イシュタールがいう。
 一瞬ディアバウンドって誰だったか?と思ったけど、左にいたバクラが動いたのを見て納得した。確か、バクラって家名がなかったんだっけ。いや、オレももうないけど。
 無いと困るから(先生とかは苗字で呼ぶからな)便宜上つけただけとか言ってたっけ。
 バクラがミス・イシュタールの元へ寄れば生徒は数歩後ろへ引く。『サモン・サーヴァント』は場合によっちゃ大規模の爆発をするって聞いたことがある。でっけえ使い魔とかを呼んだときの反動とかって。
 ミス・イシュタールのそばで何かをぶつぶつと呟いた後、バクラの足元から光が放たれる…!と感じた瞬間にはもうもうと煙が上がり、奇妙な…というか禍々しい何かが姿を現していた。

「…こいつは…ダーク・ネクロフィア…」

 オレの目に飛び込んできたのは、真っ青な肌をした異形。その手には子どもの上半身と腕の模型を持って、オレたちを見下ろしていたのだ。
 お、お化けッ!
 バクラの異形を呼ぶ呟きと同時に、うっかり直視してしまったオレは気を失った。

 2007.09.13
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