これで最後です。ミスタ・ジョーノ前へ。
ミス・イシュタールに呼ばれ、既に家名を失ってるのに使うのって割とどうかと思いながら、オレは何とか冷静になった頭で前へ出た。
意識を失ってから、覚醒するついさっきまでの記憶がない…。
だからか…この広場が珍獣王国になってたのは。(そもそも、オレは使い魔ってやつは動物の形をしてるもんだと思ってた。まさか、あんな異形が使い魔になるなんて思わなかった)
オレの背後では禍々しい物体(眼を合わせたら食われそう…)と騒がしい怪鳥(なんか、真紅眼よりも高位らしい…)を従えさせた悪友たちの囃し立てる声が聞こえた。
因みに、今のマリクはノーマルモードだ。怪鳥を呼んだ後、満足したらしいもう一人の人格は引っ込んでいったらしい。
普通のマリクには茶化されるというよりは、わりと普通に応援されてる。
更に、その声よりは小さいけれどオレを馬鹿にする声も混ざっていた。
所詮は凡骨だから。やるだけ無駄なんだから。
やる前から決め付けられてちゃ面白くねえ!オレには真紅眼の黒龍を呼ぶって目標があるんだ!それで育ててくれた爺さんと婆さんに恩返しと、ミスタ・クロフォードに借金返済しなけりゃなんねえ!
ゴクリと息を飲み込んで、オレは小振りの杖を振り上げた。
急にしん、と静かになる。
「宇宙の果てのどこかにいるオレのしもべ!」
「…なんつースケールのでかさだよ…」
「ジョーノらしいといえば、らしいけどね」
イメージは真紅眼が雲を割り、大地を振るわせる咆哮をあげてる感じだ。きっとどこかにいるだろうオレの真紅眼!
「神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!!オレは心より求め、訴える!我が導きに答えろ!」
…………。
しかし、虚しくオレの声だけが響き渡る。
静まり返っていたはずの奴らは、オレの『サモン・サーヴァント』が失敗したと騒ぎ立てる。だけどオレには何か確信があった。
来る。必ず来る。何かがオレの体の中を駆け巡る。
オレの願いを何かが…いや、きっと真紅眼が聞き届けたと思う!
ざわざわと足元から風を感じる。オレの周りに張り詰めた空気が集まり、そして。
爆発した。
「……お前、誰?」
抜けるような青空をバックに、オレは呼んでしまったそれを見下ろす。
まるで彫刻のようなパーツが整った顔と、無駄に長い手足をしたそれはオレの声に引かれるように顔を上げた。なんとも奇妙なものを見る目でオレをみたのだ。
オレの方がそんな目で見てえよ!と言いたいけれど、頭はそこまで付いてこない。
キラキラと光る茶色の髪と、氷を連想させる冷めた青眼をしてる。一瞬でオレはそれに目を奪われて、それ以外に目を向けられなくなった。
こんな上等な奴って貴族様でも滅多にいねえ。
そう。つまり人間だ。真紅眼の黒龍じゃなくて、爆発と同時に転がっていたのは人間だった。
「おいおい、カツヤ。『サモン・サーヴァント』で平民を呼んでどうすンだよ」
その気は無いんだろうけど、バクラが呆れたようにそう言えば周りがどっと嘲笑する。
同時に困った表情でオレを見たのはマリク。
「ちょ、ちょっと間違っただけだよ!」
爆発と同時に現れたのは、紛れも無く目の前の人間で。
周りから視線を外してそれを見れば、何かを言っているみたいだけどオレには全く通じなかった。言葉が通じないってことは人間の形をしたモンスター?かもしれない…。
それとも、オレの耳がおかしいのかな。
「間違いって、いつもカツヤはそうじゃないか!」
「さっすがは凡骨のカツヤ!」
誰だよ!しつこくしつこくオレを凡骨のカツヤって呼ぶのはッ!
「ミス・イシュタール!」
オレは悔しくてミス・イシュタールを呼ぶ。爆風を避けるように退避していたらしいミス・イシュタールは人垣を分けてオレの側にやってくる。
背後にはミス・イシュタールの使い魔のゾルガがふわふわと浮いていたけど、すぐに消えてしまった。
「なんでしょうか。ミスタ・ジョーノ」
「もう一度ッ、もう一度、オレに召喚させてくれ!」
そうすりゃ、真紅眼の黒龍を呼べる。
何故か、絶対的な自信があった。
「いけません」
「なんで…なんでなんだ!」
ここでオレが真紅眼を呼べなければ、この学院で学んだこともミスタ・クロフォードの言葉もオレの家名も全部が全部無意味になる!確かに借金があることは事実、だけどオレはこの一年間、それだけの目的のためにここにいたんだ。
ただ、真紅眼を使い魔にして恩返しするって目的が…あったのに!
この人間が勝手にやって来ただけで、オレの望んだものじゃない!
「これは決まりです。二年生に進級する際、使い魔を召喚しますね。今、やっていることですよ。それに…」
この使い魔の召喚で属性を固定し、専門課程に進むから変更はできません。そして儀式は神聖なものだから好むと好まざると、彼を使い魔にしなければならないのですよ。
柔らかい口調だったけどオレに拒否をさせない、そんな意味が言葉に含まれていた。いくら馬鹿でも、オレにだってそのくらいは分かる。
「で、でも…!へ、へ…平民をッ使い魔にするなんて聞いたことがねえ!」
オレの言葉にまたもどっと笑いが起きる。睨んでみたけど、そんな程度じゃ笑いは収まらない。
バクラとマリクはただ何も言わず、成り行きを見ているだけだ。
平民と言ったオレに、ミス・イシュタールは少し驚いたような顔をするけど、何事もなかったように返答をする。
この春の儀式のルールはあらゆるルールを優先する、と強く言う。
つまりだ。観念してこの人間と契約を結べと言われているのだ。
そしたら、さっきから野次を飛ばしてる奴が更に煽り立てて、時間が無駄だから早くしろ!と言う。
他人事だと思って好き勝手いいやがって!
だけど、もうオレには真紅眼を呼べないのか…。誇り高くオレの家をずっと見守って支えてきてくれた、あの真紅眼に。
親父の真紅眼が最後なのか?
悔しい、悔しい、悔しい。確かにオレは家も家名も失った没落貴族だけど、それでも真紅眼を従える一族としての誇りは無いわけじゃない。
生まれたときから、家族にも使用人にもずっとお前は真紅眼使いになるんだと言われてたのに。
そう信じてたのに。
だけど、もうこいつを呼んじまった以上、変更は効かない。
真紅眼はオレに応えてくれなかったんだ。それはオレが家も失って、真紅眼使いとしての誇りを一度でも忘れたからだ。だから真紅眼は応えなかったんだ…。
最後にひと目でも真紅眼を見たかった。それも今となっては、どっかで誰かに召喚されてない限りは叶わない願いなんだろうけどな…。
オレは後ろ髪を引かれる思いとやらだけど、目の前の呼んだ人間を見る。
ここまで来たら、もうショウガナイのかもしれない。呼んだ使い魔の責任は最後まで取る、それがメイジだ。それが、オレだ!
「なあ」
呼びかけたところで返事が分かるわけ無いけど、オレはいつの間にか立ち上がって憮然とした態度をする奴に話しかける。
オレたちを観察してたみたいで、一応オレの声に何か反応してくれた。
「お前、感謝しろよな。真紅眼でもねーのに、オレの使い魔にしてやるんだ。それに元とか没落とか付くけどッ、貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだからな!」
ついでにオレが男にすることも一生ないんだから。
オレは手に持った杖を男の前で振り、何度も習った呪文を唱える。
「我が名はカツヤ・ギルフォード・ラ・ジョーノ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ…!」
オレより頭一つはでかいだろう男の額に杖をコツリと当てる。一瞬、振り払われるかと思ったけど、眉間に皺を寄せただけでなにもしなかった。
何故だか、少しほっとした。
ほっとするも、妙な緊張感というかむず痒い感じが体中を駆け巡る。
近寄って、オレはその彫刻みたいな顔ってか頬に両手を添える。
「じっとしてろよ…」
身動き一つせずオレを見下ろす。冷めた目と一度だけ目があったけど、オレは閉じる。
悔しいけど背伸びをして、むなぐらを掴んで無理やりに身を屈めさせた。
そっと、ホントにそっと、この男と唇を重ねたのだ。
冷たいかと思っていたけれど、全然そうでもなく。ただ薄い男のものの唇だったけれど、何故か嫌な気がしない自分に戸惑いつつも唇を放す。
これが使い魔の契約だ。
「…終わりました」
「ミスタ・ジョーノ。『コントラクト・サーヴァント』はよくできましたね」
どこかで相手が平民だからだとか、あれが高位の幻獣だったら契約できないとか言う声が聞こえたけど無視をする。
そんなことを言ってた奴は、その後呻き声のようなものを上げて倒れてしまった。
視界内でバクラとマリクが杖を仕舞う姿が見えたけど、オレは知らない振りをする。知らない方がいい時もあるんだぜ…!
オレはもう一度、目の前にいる長身の使い魔を見た。どこからどう見ても人間以外には、とても見えない。なんか奇妙な服を着てるけど、それでも人間であることには変わりが無い。
暫くすると、人間は左手を押さえオレに何かを叫ぶ。間違いなく怒ってるのは分かるけど、この時のオレは意味が分からなくて良かったと思った。
なんてたって、この人間の目がオレを殺しそうなくらいの眼力をしてたからだ。視殺ってやつ?後ろにいた何人かの貴族様はその恐怖に気絶してしまった。
こうやって意識をなんとか保ってるだけでも誉めて欲しい。
だけど、それも束の間のことだった。
使い魔のルーンが刻まれてる瞬間は物凄く痛いらしいけど、体に無理やり刻み付けるんだからそりゃ痛いはず。だけど、人間は倒れることなく痛みよりも憎しみ?みたいな目でオレを見る。
そんな目で見られても意味わかんねーよ!
こうして、オレの使い魔とやらは決まってしまったのだった…。
2007.09.14