聞けば、この未だ言葉が通じない使い魔の持つルーンは珍しいらしい。らしいってのは確証がないし、ミス・イシュタールがぽつりと漏らしただけだったから。
 別にオレにはそんな問題は二の次だ。
 今のオレはそれよりも大変な問題が残されてる。
 バクラにもマリクにも見放され(というか、あんな怪物を連れて部屋に入られても困る)オレと使い魔は二人っきりになった。なってしまった!
 とりあえず、すぐに授業も終わったから寮の部屋に帰ってきたのはいい。
 まだまだ夕方の時間帯だ。この使い魔をどうにかしないと…。
 たまに何事かを言う使い魔を適当にあしらいながら、部屋の灯りを灯す。
 魔法でちょいちょいっと点けてしまうのがメイジだけど、生憎オレは魔法が満足に使えない。知っての通り、爆発して何もかもが壊れるのが目に見えてる。
 少し薄暗く灯った火を頼りにタンスを開けて、着替えを取り出す。
 マントを脱ぎベッドの上に放り投げてブラウスのボタンを外そうと手を伸ばした。だけど、そこでふと悪戯というかやってみたかったことを思い出して、着替えを使い魔の前に出す。
 使い魔ってやつは言葉が通じなくても、意志は通じるらしいからな。多分、こうすれば分かるだろ。
 無表情でオレの服を見下ろしたけど、パシリと手を叩かれ落とされた。

「な、なにやってんだよ!誰が落とせつったよ!」

 床に落ちた服を拾い上げて、埃を手で払い落とす。

「着替えさせろって意味だよ!」

 言って気付いたけど、オレの言葉に返すように何かを言っている。多分、会話は食い違ってるけど、会話は成立してるっぽい。それの意味が通じれば言うことが無いんだけどさ。
 だけど……すげー煩い。
 何かを怒鳴っていたかと思えば、突然笑い出すし、魔法の詠唱も発音もなぞらえてないくせに足元から風を巻き起こしたり、すっげえ傍迷惑な使い魔!

「あーもーお前煩い!煩い煩い!うるさ…あ、口封じの呪文!」

 去年習ったはずだ。先生の言っていたことを思い出しながら、呪文をなぞらえていく。

「確か…………ただちにだっけか?あー……我が要求に?…応えよ!」

 そして、爆発した。


凡骨の使い魔


 もうもうと煙が晴れていく。小規模とはいえ、やっぱり破壊力はある…!
 埃と爆風を思い切り吸い込んでオレは咽帰ってしまう。最近、これに慣れてきたのか立っていられるようにはなった。全然嬉しくない成長っぷりだ。
 そして服を見ればやっぱりというか、ボロボロだ。所々破れて、もう着れない…。
 制服だってタダじゃないのに…。

「この凡骨が!一度ならず二度までもオレにふざけた真似を!」
「ひっ!」

 煙が引いてきた時に、突然腕を掴まれて怒鳴られる。その力はオレの腕なんて折ってしまいかねない強力なものだった。
 思わず身を縮めて次に来る衝撃に耐える。
 …って、アレ?

「お前っ!」

 オレが顔を上げて使い魔を覗き込めば、こいつも驚いたように目を見開いた。
 分かる…、分かるって!こいつの言葉が分かる!口封じの魔法をかけたのに、なんの偶然かこの使い魔の言葉が分かる!

「貴様…」
「貴様なんて名前じゃねえ!」

 つい感情的に怒鳴り返してしまう。それにオレは没落でも貴族の端くれだ!そんな呼び方は一部の人間以外は許さねえ!
 だけど使い魔の名前を知らなければ、この使い魔もオレの名前を知らない。
 怒鳴ってから思っても遅いんだけどな。
 仕方なしに自己紹介をする。

「オレは魔法学院の二年生のカツヤ・ギルフォード・ラ・ジョーノ。今日からテメェのご主人様だ」
「…………」

 指をさして使い魔に精一杯の自己紹介をする。幾らオレが没落貴族で庶民くさくっても使い魔ってのは、主に仕えて主と一生を共にする。主が使い魔を側におくかわりに、使い魔は主に忠誠を誓う。
 こういえば、使い魔ってのは損してる気がしないでもないけど、それはちょっと違う。
 使い魔は召喚された以上、仕えるしかないのだ。オレたちの都合で呼び出してるけど、使い魔はそれが運命。
 呼ばれた使い魔たちは、主人に仕えることが一生の幸せだってオレは教えられた。だから、命がけで主を守り戦うんだ。
 真紅眼の黒龍だって馬鹿親父が処刑されるまで抵抗して守ろうとしてた。あんな馬鹿で(魔法以外では)能無しの親父だったのに、龍族でも上位クラスの真紅眼が忠誠を誓ってたんだ。主の側にいることが使い魔の幸福なんだろうな…。
 それはともかく、オレはこの使い魔のご主人様だ。
 無言でオレを見るけど、きっとオレの使い魔になれて喜びに打ちひしがれてるに違いない。だから言葉も出ないんだ。でも、こういう場合は言葉の意思疎通が出来るんだから、何か言って欲しい。

「なんか言えよ。お前の名前は?」
「…おい、凡骨」
「お前まで凡骨言うか!オレはカツヤだ!」
「何の冗談だ」

 は?
 冗談って、何が?
 オレの名乗り方が?それとも魔法を失敗したこと?それともそれとも凡骨って呼ばれたことの反発?いや、最後のは正当だ。オレがそう呼ばれるのが嫌なんだから、訂正したって誰もおかしいと思わない。

「城之内、こんな手の込んだことをしてどういうつもりだ、と聞いている」
「じょ、の…う?え?なに?」

 意味が分からない。言葉って通じるだけじゃ、意味が分からないものなんだろうか…。

「今なら貴様を殺しはせん。どういうことか説明しろ」
「物騒だな!てか、説明しろっても…とりあえず、お前の名前は?」
「記憶喪失ごっこか?下らん遊びを…」
「記憶喪失ってなんだよ!ていうか…お前…大丈夫か?」

 おかしなことを言い出した使い魔にオレは心配になってくる。冗談とかじょ…なんとかってオレを呼んだり、記憶喪失ごっことかワケの分からねえことを言い出した。
 ば、爆発どころが悪かったのかもしれない…!
 どうしよう、こんなおかしな使い魔を相手にオレはどうしたらいいのか分かんねぇ…。

「大丈夫とはどういう意味だ!オレより貴様の小さな脳の方が無事ではないだろう!」
「小さい言うな!」
「こんな下らん戯言(ざれごと)に付き合ってる暇はない!」
「…あーもー鬱陶しい!イチから説明してやっから、そこに座れ!」

 ざれごと、とかもう何言い出すのか分かんねえ使い魔だな!いちいち相手にしてるのも面倒になってきたから、この使い魔を椅子に座らせて説明してやることにした。
 ここはドミノ国ってところで、この場所はドミノ魔法学院ってところからだ。そして何故この使い魔が呼ばれてここにいるのかって所も全部全部全部!
 面倒臭いけど、このいつまでもワケの分かんねぇことを言ってる使い魔相手には、こうでもしないと一生黙らないかもしれない。
 顔は見惚れそうなくらいにいいくせして、この性格がヤバい。
 どれくらい話してたか分からないけど、気付けば月が昇っていた。(多分、寝静まってる時間…だろ。いや、オレは起きてっけど。つか、夕飯食いっぱぐれたぜ…!)
 色々と話をして、何を言っても納得しないからものすげー時間がかかったのは事実だ。だからって納得してくれたかって言えば、全くこれっぽっちも進歩が無い。

「つまり、貴様は城之内ではなくカツヤという魔法学院の生徒なのだな」
「何度もそう言ってるじゃねえか」
「…ふむ。そして、異世界と。非ィ現実的な…」

 相変わらず言ってることが良く分からないけどな。
 夢だのなんだの言ってたから、そこはなんとか使い魔的納得をしてくれた。(余計に話がおかしくなってるのは言うまでもねーけど)

「呼び出したからには帰せるのだろう」
「あ、それは無理」
「……何故だ」
「だって、お前はオレの使い魔として契約しちまったもん。お前がどこのお偉いさんだろうが、別の世界とやらからやって来た人間だろうが、一回使い魔として契約したからには、もう動かせない」
「一応、オレが別世界から来たということは理解してるみたいだな」

 いや、良く分かんねえ。『のーとぱそこん』とか『でゅえるでぃすく』とかいうのを見せて貰ったけど、それだけじゃ納得出来るわけがない。世界にはそんなマジックアイテムがあるかもしれないだろ。
 だけどここで分かった振りをしとかないと、またこの質問と回答の応酬が繰り返される。
 あれはウザかった。いや、聞きまくったのはオレだけどさ、意味の分からない言葉で延々と何かを説明されるんだぜ。
 こいつ、しつこいし。

「では、オレを帰せ」
「だから、無理だって!お前の世界とこっちを繋ぐ魔法なんて無いんだから!」
「貴様!ならば、どうしてオレはこっちに来れたというのだ!」
「そんなの知らねーよ!」

 オレに分かるわけがないだろ。
 青い目がオレをじっと見据える。

「あのな、ほんとのほんとに、そんな魔法はねえんだ…。召喚されるものは、すべてこのデュエリスト大陸の生き物だから」
「ならば、先程の魔法とやらをもう一度、オレにかけてみろ」
「『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけだ。それに…もう使えない」
「何故だ!」
「『サモン・サーヴァント』をもう一度使うにはな。呼び出した使い魔、つまりお前な。お前が死なないと使えない」

 試してみるかわりに、死んでみるか?と杖を取り出せば、頭を叩かれてしまった。冗談も通じない奴だな!
 オレの魔法なんかで死ねるわけねえのに!(せいぜい、全力で魔法を使っても大怪我程度が精一杯だ)
 とりあえず、使い魔が黙ったことで自分は喉が渇いてるんだと気付く。そりゃ、何時間もあんな繰り返しやってりゃ疲れるし、喉も渇くよ。
 常に窓辺に置いてある水差しとグラスを取りに立つ。
 まだ使い魔は何かを考えてるらしい。むかつく位に長い足組んで眉間に皺とか寄せてるんだけど、それでもなんだかこの使い魔にはそれが似合ってる。
 オレは窓から覗く月を少しだけ見上げて、目的の物を取って椅子に座った。音を立てて、二つのグラスを置く。
 家を追い出される時に、最後まで使えてくれてた執事から手渡されたグラス。
 代々使えてきてくれてた真紅眼の細工が施されたそれは、オレン家の家宝でもあったし誰にも奪われたくないものだった。それを分かってくれてたのか、町の奴らもこれだけは見逃してくれた。(後のモンは全部、没収されたけど)
 水を入れると、きらきらと真紅眼の細工が光る。
 オレの使い魔は真紅眼じゃないけど、諦めきれないけど。でも、今は目の前の使い魔しかオレにはいない。
 仕方ないんだ。諦めるしかないんだ。そう、自分に言い聞かせた。

「飲めよ」
「…ああ、いただこう」

 まだ何かを考えてンのか、小難しそうな表情をしてら。
 オレはこれが夢だとかそうは思えないから(きっとそんなことを思ったら、下手に期待するって)真紅眼のグラスに口を付ける。
 ひんやりとした水の感覚が気持ちいーぜ。
 使い魔もオレが飲んだのを見たら、同じように口を付けた。毒とかでも入ってるとか思ったのか?
 ま、いーけど。

「なあ、今は諦めろって。帰る方法なら、探せるかもしれないし」
「その確証はどこにも無いのだろう」

 まあ、そうだけどよ。

「仮にこれが現実だとしても、オレにはオレの生活がある」
「そりゃ…分かってっけど…。意図して呼んだわけじゃねーよ、オレも…」
「…責めているわけではない」
「うん、でも結果的にお前はここにいるし」

 こいつの生活、か。なんか話だけ聞いてりゃ、相当にすげー地位らしい。(シャチョウってのが良く分かンねーけど、所謂ところの領主みてーなもんらしい)
 領主不在とかまず有り得ねーよな。その地位を狙って攻めてくる奴らだって絶対にいる。
 呼んじまったから、ちょっと罪悪感がある…。

「な、探してやっから。呼んだからには、帰す方法だってあるぜ!きっと」

 オレがそう言えば、使い魔は吸い込まれそうな青い目でオレを見て、ニヤリと笑った。

「…………よかろう。この非ィ現実的な世界で精々貴様を可愛がってやろう!ワーハハハハハハ!」

 ……この時ほど呼び出したことを後悔したのは、言うまでも無い。
 騒がしい+ウザい+変人という見事なコンボを決めた使い魔は、相変わらず詠唱もなく足元から風を吹かせて大笑いしている。
 いっそ、言葉なんて通じなかったほうがオレの幸せだったかもしれない…。
 オレが後悔という言葉で頭を一杯にしていると、突然に使い魔の動きが止まった。

「おい、凡骨」
「凡骨って言うのだけは止めてくれ…」

 犬でも馬の骨でも実験ネズミ何でもいいから…。説明してる時、散々に色々と呼んでくれたけど、凡骨だけは本当に止めて欲しい。
 そう呼ばれるたびに、オレは何も出来ない出来損ないって言われてるみたいで、幾らオレでも傷つく。

「…ならば、カツヤ」
「…うん、なに?」
「このオレの左手に刻まれたものは何だ」

 左手の甲を突き出してオレに見せてくる。

「ああ、それは使い魔のルーン。…なんて言ったらいいのかな」
「見る限り、ルーン文字に見えるが」
「読めんの?」
「いや、知識だけだ」
「オレにも良く分かんねえけど、一応オレの使い魔ですっていう印」

 ルーンには人の数だけ種類がある。だから、その意味を説明しろって言われても分かるわけが無い。
 それこそ、みんな同じだってのも嫌だけど。

「…そうだ。使い魔ってのはさ、主人を守るのが一番の役目なんだぜ。だからさ、お前がオレを守れよ」

 馬鹿親父のために啼いて咆哮した真紅眼の黒龍みたいに。…とまでは期待しないけど、そこそこの働きは期待してしまう。
 ふぁ、とオレは欠伸をする。そこまで言い切れば、目下の使い魔との意思疎通が可能になったことで、眠気が急に襲ってくる。いつもより喋っていつもより考えることが多かったからか、今日は早めに眠くなってきた。
 普段だったら、今頃はバクラの部屋にでも行ってチェスの相手でもして貰ってる頃だけどな。
 …今はあの怪物がいるなら行きたくねえなあ…。
 溜息を吐いた瞬間に、ボロボロのままの制服を着たままということを思い出す。夕方にこの使い魔に叩き落された服が無事なのを確認すると、それを掴み上げ椅子に座る使い魔の前に行く。

「なあ、お前…」
「瀬人。海馬瀬人だ」
「カイバセト?言い難い名前だな」
「…海馬だ」

 使い魔が初めて名乗った名前を、オレは何度か復唱する。カイバ、カイバ、カイバ。今まで出会った奴らの中で一番変わった名前だなあと思いながら、記憶させるように名前を覚える。

「じゃあ、カイバ。はい」
「何だこれは」
「服」

 それ以外に何だというのか。
 この学院に来る前から愛用しているオレのパジャマだ。育ててくれた老夫婦がオレのためにと買ってくれたものだ。
 ミスタ・クロフォードはシルクのネグリジェ(なんで男にそんなものを…と今でも思う)を数着、オレにくれたけどどうしても着る気になれない。だから、庶民くさいと言われても、この使い込まれたパジャマを着ている。
 思い出があるってのも理由の一つだけどな。
 それはともかく、カイバはオレとパジャマを相互に見比べて眉を寄せる。

「どうしろというのだ」
「着替えさせて」
「………貴様、頭は無事か?」
「無事だッ!てか、没落かもしれねえけど貴族はな貴族以外の奴がいれば、服なんて一人で着ねえんだよ!」

 オレの言葉を一通り聞いたカイバは、オレのパジャマを掴み取り窓の外へと放り投げたのだった。

 2007.09.15
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